黒猫と夜
僕の耳に、微かに震えるような鳴き声が聞こえた。
それは、僕が丁度、夜の池袋の町をアパートに向かって歩いている時だった。通りかかった、路地裏に続く暗い道の奥から、その鳴き声が聞こえたのだ。聞き間違えじゃなければ、僕の耳は確かに鼓膜を震わせていた。
終電が近くなった所為か、急ぎ足で横断歩道を駆けていく人の足音が夜の街をまだ静かにさせてくれなくて、少しずつ暗くなり始めたショーウィンドウやお店の看板の前に、まだ夜をここですごすつもりの人たちが集まり始める。僕は、路地裏に誰の気配もないのを確認して―絡まれると面倒だから―、携帯を片手に暗がりの中を進んだ。
僕の靴音は狭いビルの隙間に木霊し、静かに響いて、ごうごうと唸る換気扇の音に溶けていった。「気のせい、かな」、聞こえたと思っていた声はもう耳に届かないし、何も見つからない。僕は首を傾げて、もう一度あたりをきょろきょろと見回したあと、何も見あたらないのを確認して、戻ろうとした。これ以上ここでうろうろしていたら、アパートに帰り着くのも遅くなってしまうだろう。買い物をした帰りだったので、肩から下げている鞄も重かった。
その時、通りへ戻ろうとした僕の足下に、ふっと、黒い塊がみえた。気のせいかと、一瞬思った。僕は、暗がりのせいでいったいそれが何なのか一目見ただけではわからなかった。思わず身構える。静かに後ずさって、しばらく様子を伺い、その黒い塊が動かないのがわかると、僕はそっと、携帯のライトでそれを照らした。黒い塊の形がはっきりと見える。「…!……ね、……こ」、うわ。僕は、思わずもう一度後ずさって、それから先ほど聞こえた鳴き声を思い出した。震えるような鳴き声はこの子だったの、と。「…生きてる…、の」、僕はゆっくりと近づいて、ぐったりと動かないその黒猫の近くに静かにしゃがみ込んだ。
よく見るとコンクリートの上に小さな黒い滲みがみえる。猫は足を投げ出して、びくともしない。もう事切れているようにも見えた。そっと触れてみると、まだ暖かい。
それは、僕が丁度、夜の池袋の町をアパートに向かって歩いている時だった。通りかかった、路地裏に続く暗い道の奥から、その鳴き声が聞こえたのだ。聞き間違えじゃなければ、僕の耳は確かに鼓膜を震わせていた。
終電が近くなった所為か、急ぎ足で横断歩道を駆けていく人の足音が夜の街をまだ静かにさせてくれなくて、少しずつ暗くなり始めたショーウィンドウやお店の看板の前に、まだ夜をここですごすつもりの人たちが集まり始める。僕は、路地裏に誰の気配もないのを確認して―絡まれると面倒だから―、携帯を片手に暗がりの中を進んだ。
僕の靴音は狭いビルの隙間に木霊し、静かに響いて、ごうごうと唸る換気扇の音に溶けていった。「気のせい、かな」、聞こえたと思っていた声はもう耳に届かないし、何も見つからない。僕は首を傾げて、もう一度あたりをきょろきょろと見回したあと、何も見あたらないのを確認して、戻ろうとした。これ以上ここでうろうろしていたら、アパートに帰り着くのも遅くなってしまうだろう。買い物をした帰りだったので、肩から下げている鞄も重かった。
その時、通りへ戻ろうとした僕の足下に、ふっと、黒い塊がみえた。気のせいかと、一瞬思った。僕は、暗がりのせいでいったいそれが何なのか一目見ただけではわからなかった。思わず身構える。静かに後ずさって、しばらく様子を伺い、その黒い塊が動かないのがわかると、僕はそっと、携帯のライトでそれを照らした。黒い塊の形がはっきりと見える。「…!……ね、……こ」、うわ。僕は、思わずもう一度後ずさって、それから先ほど聞こえた鳴き声を思い出した。震えるような鳴き声はこの子だったの、と。「…生きてる…、の」、僕はゆっくりと近づいて、ぐったりと動かないその黒猫の近くに静かにしゃがみ込んだ。
よく見るとコンクリートの上に小さな黒い滲みがみえる。猫は足を投げ出して、びくともしない。もう事切れているようにも見えた。そっと触れてみると、まだ暖かい。