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タユタ

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おもいでが、ひかるまえに ぼくといて
つないだその、てだけは はなさないで

タユタ


喧騒。陽射し。蒼穹。
空気のあたたかさ。新緑、硝煙、土埃の微かな匂い。見知った人たちの、笑い声、話し声、怒鳴り声。
障子を開けて、それらと強い光が目の前を眩しくさせるのが好きだった。この部屋に染み付いた薬草と消毒液の香りが、外の空気と混じり薄くなるのを感じて気持ちが少しだけ軽くなる。

ことばだけでは いつもすこしたりないのは、その手を繋ぐ意味を 残しているの?

手の中には、さらしを切って包帯の代わりにしている布があった。だれかの、傷を固定するための。それをちいさく、くるくると丸めながら静かに深呼吸をした。耳の中に入る、大勢が発する沢山の言葉たちは、訳も無くあたたかかった。地を蹴る彼らたちの音に、なにかの願いを込めていた。そんな気がした。
医務室の障子は、それらを遮断する膜のようで、それを内側から見るのなんてわたしだけでいいのだと何度も何度も思ったことを繰り返す。そんなこと、どうしようもない我が儘だと解っているけれど、わたしだけでいいと。変形した骨、潰れた輪郭、黒く酸化していく血液。おなじ屋根の下の彼らの染み付いた血液の布を洗うのなんて。上がりすぎた彼らの体温に触れては、手のひらをじっとりと濡らすのなんて。自分だけで、いいと。

巻いた包帯の束は、傍らに山のようになった。太陽は少し傾いた。いまは大きく育ったヒノキが陰となり、光は乱反射して、一層自主錬に励む彼らをきらきらとさせている。
開けた障子から風が入り込み、開いたままの書物の頁がはらはらとめくれた。


白昼夢を見ていたのかもしれない
いま
おもいでがひかるまえに、僕を見て


「伊作」

あぁ、それは僕の名です。

「伊作」

あぁ、それは僕の

僕の。
その、声―。

「え、ぁあ、なに?どうした‥」
「お前、寝てただろ。」

わたしがきみの影に溶けるように、君はその輪郭線をはっきりとさせている。首から提げた手ぬぐいは、吹く風にひらひらとそよいで。にっ、と笑うその顔だけ、彼だけが現実味を帯びていた。酷く。
金属で出来た金具が、カタカタ鳴って、彼が差し出した薬箱。





ゆれた
心臓が、抉れそうになった。感情のうねりと焦りと悔しさと悲しさと、身に着けたはずの小さな知識さえ頭が真っ白になってなにひとつ思い出せない。
作品名:タユタ 作家名:トマリ