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タユタ

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庇ったわけじゃぁ、無いって何度も言っているだろ?と、かれはもう何万回も繰り返した言葉を言った。折に触れてその話を持ち出す伊作に微かにため息を漏らす。もう、何年も前の話なのだ。身を隠す授業の際に、何かの罠を偶然引いて出来た矢傷は、隠れるという授業のため教師たちに発見されるのが少し遅くなり、しかもそれが初めての野外実習の事で。何故か降り出した春の突然の天気雨によって傷はいっそうぐちゃぐちゃになり、傍に居た伊作は拙い応急処置が出来ただけで通常よりも治るのが遅れた、それ。発熱もした、筋肉や骨は守れたのに静脈の一部に傷がついたせいで出血の量は酷かった。故に暫く貧血にも陥った。なにが悪かったわけではない。単純に運が悪かったのだ。伊作の不運がうつった、などと揶揄されてその度に留は力の限りに怒った。

「でも、あの程度だったのに残してしまったのは、やはりわたしのせいだよ」


伏せた、視線の先にある表情を留は見えないけれども分かっていた。
枯れた言葉ならもう、言わなくていいよ。

震えていた、その手だけは繋いでいた。

血液でぐちゃぐちゃになった制服も、土埃で汚れた髪も、びっしょりと雨に濡れた全身もそのままに、先生に引き足しても尚。


「傷の一個くらい、いいじゃねぇか」
ましてやおまえの治した、記念すべき一つ目の傷がこれなら。留は、静かに、伊作に視線を合わせるよう腰をかがめて。その、もうおおきくなったてのひらで、ぐしゃぐしやと伊作の頭を撫でた。もう!、と抗議をしてきたその右手に左手を重ねる。


ゆれたこの、おもいのむかうさきを
なにもいわずぼくは ながめている

その手を繋ぐ意味を、残しているの


傍らには、あれから大切に大切に使い続けている、新野先生から譲り受けた伊作だけの薬箱が置かれていた。
作品名:タユタ 作家名:トマリ