朝雲暮雨
『 朝雲暮雨 』
「付き合ってんだよな、お前ら」
「・・あぁ」
なんとなく顔を綻ばせながら窓の外を眺める。
窓の向こうに見えるのは人、人、人。
世の中にはこんなにたくさんの人間が存在するが俺が選んだのは狩沢絵理華という人間だった。
それには後悔とかそんな想いは全く無く、むしろ、似合わないかもしれないが、嬉しくて。
だからつい口元が緩んでしまう。
「まぁ、幸せそうで何よりだな」
「あぁ、そうだな」
そんなに長い会話が続くことも無く静かなワゴンの中で、渡草と時間を潰す。
渡草は自分の愛する天使の歌声を車のスピーカーから流して、足でリズムをとりつつ幸せそうに時を刻む。
俺は遊馬崎や狩沢のおすすめの文庫を片手に外を眺める。
「なぁ、門田」
「何だ?」
「狩沢のどのへんに惚れたんだ?」
「っ・・は!?」
あまりに唐突な質問で少し声が上擦ってしまう。
そのまま頬が僅かに朱に染まる。
「・・・まぁ、可愛いよな」
「どのへんが?」
「・・・全部」
一瞬ワゴン内の空気が固まったかと思ったが、とたんに笑い声で埋め尽くされる。
恥ずかしすぎて、つい本で顔を隠してしまう。
あまりにも笑い続けるものだから、少し声を荒げて制止しようとする。
「よーするに全部惚れてんだな!」
「悪ぃかよ・・・」
「全然。いやー門田ってなんか、意外だな」
「どのへんがだ?」
「言葉では言い表せません」
なんていった後先ほど俺が言ったことをまた思い出しているのだろうか、また肩が震えだした。
軽く渡草を睨んだあとに読みかけていた本に目を落とす。
しかし自分で先ほど言ったことを思い出して、また顔に熱が集中して本に焦点が合わなくなった。
とうとう本をパタンと閉じると椅子に深く凭れた。
「あいつらが帰ってきたら起こしてくれ」
「おう」
返事をしながら渡草は音のボリュームを下げた。
彼らの待ち人は今、池袋の薄汚れた空の下で青い看板の店に向かっている。
「狩沢さーん!遅いっすよ!」
「ゆまっちが早いんだってばー!」
長身でひょろっとした体型の男性の後を追いかける全身黒の女性。
どちらも男性、女性と形容するほど大人でなく、どちらかというの青年と女の人と言ったほうが正しいかもしれない。
「よしっ!さぁ、今日も大量に仕入れるわよーっ」
「門田さんにオススメの本も用意しないといけないっすね!」
「そうだね!アレだけじゃ全然足りないよ」
「そういえば門田さん、車出る前昨日貸した禁書目録読んでましたよー」
「え、ドタチンってアレ読んだことあるんじゃなかったっけ?」
「マジっすか!?じゃあ、別のシリーズもんの方がいいっすよね」
前に彼の高校時代の話を聞いたときに、そのような話を聞いたことがあるのを思い出した。図書室に行くと親しくしてくれる先輩がいて、その人がよく本を貸してくれたそうだ。それから電撃文庫をよく読むようになったらしい。うん、きっとその先輩は偉大な人だよ、ドタチン!
ふと横を見るといつも以上ににこにこ、というかにまにました顔を浮かべてこちらを伺ってくる遊馬崎。なんとなく気になって新刊に向かって伸ばしていた腕をさげた。
「なーに、ゆまっち。顔になんかついてる?」
「いやー、狩沢さんって門田さんのことよく知ってるなぁと思いまして」
「だって、それは・・・」
ぅ、と小さく息を詰まらせる。遊馬崎は次に自分が言おうとしていたことを分かっていながら、え、何すか、なんて言って先を促してくる。
別にドタチンとそういう関係であることに恥ずかしさは感じないけど、なんか言いにくい。少し顔を傾け、自然とそうなった上目遣いで察してよ、と反抗する。
「おぉー!上目遣いktkr!」
「ちょっとゆまっちぃー!?」
顔を赤く染めながら店内で大声を上げてしまう狩沢。この二人は普段から煩いので今となっては誰も気にしないのだが。
「突然話は変わるんすけど、いや変わらないかもしれないんすけど」
「・・・なに?」
「狩沢さんって門田さんのどこを好きになったんすか!?」
あまりにも予想通りの質問に小さなため息が出る。止まらない頬の赤らみを手で隠すようにしながら想い日との姿を頭の中に思い浮かべる。その思い浮かべただけの姿でも飛びついていきたくなるくらい、彼が好きだ。
そんな想いに気付いているのか、気付いていないのか分からない遊馬崎は笑顔で本棚に並べられた本を器用にあちらこちらから取り自分の腕の中に収めながら狩沢に話しかける。
「いやぁ、最近門田さんほんと幸せそうじゃないっすかー。それって長年の想いが成就したからだと思うんすよ、俺は。あの人、あんまり顔には出さないけどまわりの空気というか、空間の歪み?雰囲気で分かります」
あれ、俺もしかして超能力者!?このまま二次元にダイブっすか!?と一人で流暢にしゃべる遊馬崎。いつものように流れ込むような遊馬崎のしゃべり方に、狩沢は頭の中でなにか吹っ切れたように想い人について心の中を暴露する。
「どうしても言わせたいみたいだねゆまっち……!じゃあ言ってやろうじゃないか!私がドタチンのどこが好きになったっていうとね、全部!!ゆまっちも分かると思うけど、お母さんみたいでお父さんじゃん。なんか安心するっていうかさ。離れられないんだよ!そうです、大好きです!」
狩沢は先程の遊馬崎に言い返すようにバシッと言い放つ。ふと、遊馬崎のが肩が震えているのが見える。
「何よ、ゆまっち!?言わせといてー!」
「……狩沢、店内では静かにしろよ」
「ど、ドタチンっ!?」
勢いよく振り返ると、誰もいなかったはずの背後に門田の姿が。僅かに染まった門田の頬を見て、またつられるように狩沢も頬を染める。ずっと耐えていたのだろうか、横で見ていた遊馬崎はついに耐え切れなくなったようで、ぷっと小さく吹き出すと声をあげて笑い出した。
「ほんっと、二人お似合いっすよー」
遊馬崎は目に涙を浮かべながら未だに肩を震わせている。
二人は顔をもう一度見合わせて再び赤くなる。
「ゆ、ゆまっち!本レジに持っていかないと!ずっと持ってたら重いでしょ!?」
「そっすね。そういえばずっと持ってましたね」
「なんで入ったときにカゴかなんか取らなかったんだよ」
「愛する本は自分の手で抱きしめてレジに運ぶもんなんだよ。ドタチン」
「ドタチンって呼ぶなって言ってるだろ」
そのまま三人で並んでレジに行く。無事に会計を終えて購入した大量の本を三つの紙袋に分けてもらい、それぞれ一つずつ持つ。店を出るとバンをとめてある場所まで歩く。
「そういえば門田さん、車で本読んでたんじゃなかったすか?」
「あぁ、あの後ちょっと色々あって寝ることにしたんだが、それもできなくて二人の後追いかけてきたんだよ」
突然遊馬崎が人差し指を立てて門田の眼前に突き出す。
「駄目っすよ、門田さん!そこは『俺の絵理華を追いかけてきたんだ』くらい言わないと」
「ちょっと、ゆまっちってば!」
今日でこのやり取り何回目よ、とつい自分でも突っ込んでしまう狩沢。そういえば、あんまり名前で呼ばれないな、なんて考えていたら自然と無言になっていた。
「狩沢……?」
「あっ、ごめん!考え事してた!」
「付き合ってんだよな、お前ら」
「・・あぁ」
なんとなく顔を綻ばせながら窓の外を眺める。
窓の向こうに見えるのは人、人、人。
世の中にはこんなにたくさんの人間が存在するが俺が選んだのは狩沢絵理華という人間だった。
それには後悔とかそんな想いは全く無く、むしろ、似合わないかもしれないが、嬉しくて。
だからつい口元が緩んでしまう。
「まぁ、幸せそうで何よりだな」
「あぁ、そうだな」
そんなに長い会話が続くことも無く静かなワゴンの中で、渡草と時間を潰す。
渡草は自分の愛する天使の歌声を車のスピーカーから流して、足でリズムをとりつつ幸せそうに時を刻む。
俺は遊馬崎や狩沢のおすすめの文庫を片手に外を眺める。
「なぁ、門田」
「何だ?」
「狩沢のどのへんに惚れたんだ?」
「っ・・は!?」
あまりに唐突な質問で少し声が上擦ってしまう。
そのまま頬が僅かに朱に染まる。
「・・・まぁ、可愛いよな」
「どのへんが?」
「・・・全部」
一瞬ワゴン内の空気が固まったかと思ったが、とたんに笑い声で埋め尽くされる。
恥ずかしすぎて、つい本で顔を隠してしまう。
あまりにも笑い続けるものだから、少し声を荒げて制止しようとする。
「よーするに全部惚れてんだな!」
「悪ぃかよ・・・」
「全然。いやー門田ってなんか、意外だな」
「どのへんがだ?」
「言葉では言い表せません」
なんていった後先ほど俺が言ったことをまた思い出しているのだろうか、また肩が震えだした。
軽く渡草を睨んだあとに読みかけていた本に目を落とす。
しかし自分で先ほど言ったことを思い出して、また顔に熱が集中して本に焦点が合わなくなった。
とうとう本をパタンと閉じると椅子に深く凭れた。
「あいつらが帰ってきたら起こしてくれ」
「おう」
返事をしながら渡草は音のボリュームを下げた。
彼らの待ち人は今、池袋の薄汚れた空の下で青い看板の店に向かっている。
「狩沢さーん!遅いっすよ!」
「ゆまっちが早いんだってばー!」
長身でひょろっとした体型の男性の後を追いかける全身黒の女性。
どちらも男性、女性と形容するほど大人でなく、どちらかというの青年と女の人と言ったほうが正しいかもしれない。
「よしっ!さぁ、今日も大量に仕入れるわよーっ」
「門田さんにオススメの本も用意しないといけないっすね!」
「そうだね!アレだけじゃ全然足りないよ」
「そういえば門田さん、車出る前昨日貸した禁書目録読んでましたよー」
「え、ドタチンってアレ読んだことあるんじゃなかったっけ?」
「マジっすか!?じゃあ、別のシリーズもんの方がいいっすよね」
前に彼の高校時代の話を聞いたときに、そのような話を聞いたことがあるのを思い出した。図書室に行くと親しくしてくれる先輩がいて、その人がよく本を貸してくれたそうだ。それから電撃文庫をよく読むようになったらしい。うん、きっとその先輩は偉大な人だよ、ドタチン!
ふと横を見るといつも以上ににこにこ、というかにまにました顔を浮かべてこちらを伺ってくる遊馬崎。なんとなく気になって新刊に向かって伸ばしていた腕をさげた。
「なーに、ゆまっち。顔になんかついてる?」
「いやー、狩沢さんって門田さんのことよく知ってるなぁと思いまして」
「だって、それは・・・」
ぅ、と小さく息を詰まらせる。遊馬崎は次に自分が言おうとしていたことを分かっていながら、え、何すか、なんて言って先を促してくる。
別にドタチンとそういう関係であることに恥ずかしさは感じないけど、なんか言いにくい。少し顔を傾け、自然とそうなった上目遣いで察してよ、と反抗する。
「おぉー!上目遣いktkr!」
「ちょっとゆまっちぃー!?」
顔を赤く染めながら店内で大声を上げてしまう狩沢。この二人は普段から煩いので今となっては誰も気にしないのだが。
「突然話は変わるんすけど、いや変わらないかもしれないんすけど」
「・・・なに?」
「狩沢さんって門田さんのどこを好きになったんすか!?」
あまりにも予想通りの質問に小さなため息が出る。止まらない頬の赤らみを手で隠すようにしながら想い日との姿を頭の中に思い浮かべる。その思い浮かべただけの姿でも飛びついていきたくなるくらい、彼が好きだ。
そんな想いに気付いているのか、気付いていないのか分からない遊馬崎は笑顔で本棚に並べられた本を器用にあちらこちらから取り自分の腕の中に収めながら狩沢に話しかける。
「いやぁ、最近門田さんほんと幸せそうじゃないっすかー。それって長年の想いが成就したからだと思うんすよ、俺は。あの人、あんまり顔には出さないけどまわりの空気というか、空間の歪み?雰囲気で分かります」
あれ、俺もしかして超能力者!?このまま二次元にダイブっすか!?と一人で流暢にしゃべる遊馬崎。いつものように流れ込むような遊馬崎のしゃべり方に、狩沢は頭の中でなにか吹っ切れたように想い人について心の中を暴露する。
「どうしても言わせたいみたいだねゆまっち……!じゃあ言ってやろうじゃないか!私がドタチンのどこが好きになったっていうとね、全部!!ゆまっちも分かると思うけど、お母さんみたいでお父さんじゃん。なんか安心するっていうかさ。離れられないんだよ!そうです、大好きです!」
狩沢は先程の遊馬崎に言い返すようにバシッと言い放つ。ふと、遊馬崎のが肩が震えているのが見える。
「何よ、ゆまっち!?言わせといてー!」
「……狩沢、店内では静かにしろよ」
「ど、ドタチンっ!?」
勢いよく振り返ると、誰もいなかったはずの背後に門田の姿が。僅かに染まった門田の頬を見て、またつられるように狩沢も頬を染める。ずっと耐えていたのだろうか、横で見ていた遊馬崎はついに耐え切れなくなったようで、ぷっと小さく吹き出すと声をあげて笑い出した。
「ほんっと、二人お似合いっすよー」
遊馬崎は目に涙を浮かべながら未だに肩を震わせている。
二人は顔をもう一度見合わせて再び赤くなる。
「ゆ、ゆまっち!本レジに持っていかないと!ずっと持ってたら重いでしょ!?」
「そっすね。そういえばずっと持ってましたね」
「なんで入ったときにカゴかなんか取らなかったんだよ」
「愛する本は自分の手で抱きしめてレジに運ぶもんなんだよ。ドタチン」
「ドタチンって呼ぶなって言ってるだろ」
そのまま三人で並んでレジに行く。無事に会計を終えて購入した大量の本を三つの紙袋に分けてもらい、それぞれ一つずつ持つ。店を出るとバンをとめてある場所まで歩く。
「そういえば門田さん、車で本読んでたんじゃなかったすか?」
「あぁ、あの後ちょっと色々あって寝ることにしたんだが、それもできなくて二人の後追いかけてきたんだよ」
突然遊馬崎が人差し指を立てて門田の眼前に突き出す。
「駄目っすよ、門田さん!そこは『俺の絵理華を追いかけてきたんだ』くらい言わないと」
「ちょっと、ゆまっちってば!」
今日でこのやり取り何回目よ、とつい自分でも突っ込んでしまう狩沢。そういえば、あんまり名前で呼ばれないな、なんて考えていたら自然と無言になっていた。
「狩沢……?」
「あっ、ごめん!考え事してた!」