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みずがねに泳ぐ

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 面倒見の良さは、得てして「プライベートをどれだけ切り売りする気があるのか」で測ることが出来るのだと雪見は思う。だから自分はちっとも面倒見が良くないし、プライベートは大切にしたいし、要領よく他人を受け流しながら生きていきたいと思っている。思っているのに、自分に付いて回る評価は大抵、面倒見が良いひと、になるのだから、世の中には目に見えない魔法じみた物が日々、悪意を糧に飛び交っているのだとしか思えなかった。
 仕方がないだろうが、と誰にともなく雪見は言い訳を放つ。
 どれだけプライベートを大切に抱えていたって、寄越せ寄越せと切り崩していく奴だとか、うっかり見過ごしたら消えそうな奴だとか、そういう人間が寄ってたかって自分のプライベートを奪っていくのだ。やりたくてやったのではない。
「先輩、私、他人をどうにか出来るだなんて幻想は金輪際抱かないと決めました」
「……」
 ファミリーレストランという場所では、金髪とピンク頭の男二人がボックスをひとつ占領していても、誰も気に留めやしない。そのうちの一人がまた壊滅的なファッションをしていたとしても(そしてこっそり真剣を携えていたのだとしても)、ドリンクバー代320円を支払う限りにおいては正しく客の括りに入っている。まして深夜だ。相変わらず御目出度い色だこと、とぼんやり眺めたピンク色のずっと向こうの方にデザイン系学生らしい水色の髪の女を見つけてしまい、雪見は心底微妙な心地になった。
 まあ自分だって拳銃にナイフに薬品にその他諸々、空港で身体チェックを受けたら間違いなく怖いおじさん方に引っ張って行かれるだろうものは身につけているので、髪の色なんてさして問題でもないのかも知れない。
 癖で持ち歩いている仕事用のノートパソコンに視線を戻した雪見は、けれどカーソルをぐるぐると回すだけで何か文章を打ち込むことはなかった。筆が進まない理由は目の前に座っているが、そうでなかったとしても雪見は時間を持て余していただろう。あと5分。あと5分したら、目の前の男を伴って別の仕事に向かうことになっている。表と裏の仕事の境界をあやふやにする気分ではなかった。
 数日前に相方と何か揉めたらしく、久々に顔を合わせた雷光はイヤに懐かしい雰囲気で登場した。昔、まだこれが未成年だったときにそっくりだったので、それを見て取った瞬間に雪見は今回の仕事やばくないか、と自問したりもしたが、深くは突っ込まないでおいた。何よりも、自分の為に。
 プライベート大なり後輩、と呪文のように胸中で呟きつつ、ドリンクバーを二つオーダーすると、「ごちそうさまです」と雷光はその日初めて口を開いてくる。何を言っても無駄だとは経験から良く知っていたので、雪見はただ「コーヒー。何も入れるなよ」とせめてもの応酬を返した。雷光はそこでふっと笑う。

「何も仰らなければ良かったのに」

 貴方なんて居なければ良かったのに、と同じ音階に聞こえたそれは、吐息に乗せるような危うい発音だった。雷光が示そうとした二重の拒絶のうち、一方からぞんざいに目を伏せて、雪見はただ現実的な会話を続ける選択をした。お門違いと分かっていながらの責め苦まで相手にしていられるか。
「んなヘマしねーよ」
「コーヒーのオレンジジュース割りは飽きましたか」
「……思い出したくも」
 意趣返しのつもりか、過去に一度だけ壮絶な味の物を飲まされたこちらの記憶をしっかり掘り返しつつ、雷光はふらりと席を立っていった。
 それが、15分前の出来事。
 モニター越しの雷光は、細かな傷の多いテーブルに片肘をついて、もう一方の手の指先で、冷たいコップが呼んだ水滴をなぞっては別の水滴とつなげることを繰り返していた。お前は小学生か。
「……それで?」
 もしかしてあれは幻聴だったのかと思うほど沈黙が続いたあと、雪見はなんとはなしに雷光の言葉の続きを促した。雷光が訳の分からない理屈に基づいた電波っぽい発言をするのは昔から変わらない。ただ、雷光がそれを披露するときはかなりの割合で裏に面倒事がある。雪見にとってそれは知ったこっちゃ無い部類の出来事ではあるのだが、巧い具合に飼ってやらないことには、この後輩は大層拗ねるのである。深く踏み込む気はないというのに、生憎、雪見は雷光を知り過ぎていた。
 他人をどうこうできる、ねえ。そんなの見方の問題だろうに。変に頭が固いところも相変わらずか。
「そう云えば、先輩」
 しかし雷光は、たった一言で満足したのか、次にはもう、お得意の人の話を聞かない癖を遺憾なく発揮し百八十度話題を変えていた。意固地な柔軟性には呆れるしかない。だが、こちらの返事ただ一つをじっと待っていたのだとしたら、この後輩は存外に一途なのかもしれない――可愛らしすぎてぞっとすることだ。
「今日は余り私に期待なさらないで下さいね」
「は? なんで」
「少し扱うものを変えてみたんです」
「え、お前、それ刀じゃないのか?」
 細長い袋に包まれて、雷光の傍に立てかけられていた得物をちらりと見る。てっきりいつも使っている白い刀だと思いこんでいた。やれやれと驚きつつ、雪見は戦略を組み直す為に思考を散らし始めた。同時に、何食わぬ顔でノートパソコンのメール機能を立ち上げる。
「ただの木刀です。我聞は持たないことにしたので」
「……馬鹿、そーいうのはもうちょっと早く言え」
 気取られぬように、メールを一通、妹宛に打ち込んだ。
 タイトル『雷光が』、本文『おかしいんだけど何か知ってるか?』。
 すぐに返ってきた妹のメールには、雷光が先日、誤って相方を斬ってしまったことと、それが今も目覚めずにいることが記されていた。
「……」
「先輩、そろそろ行きますよ」


作品名:みずがねに泳ぐ 作家名:矢坂*