衝動【シズイザ】
何事かと思えばそんな気色悪いことを言われて、考える間もなく断る。なんで俺がノミ蟲野郎なんざと仲良く手ぇ繋いで歩かなきゃならねぇ。今の、他人から見りゃ〝仲良く並んで歩いてる〟状況を棚に上げてそんなことを考えていると、ノミ蟲が残念そうに溜め息を吐いた。
「ひどいなぁ。ふられちゃった」
「当たり前だろ」
「じゃあさ、こんなのはどう?」
「ああ?」
「・・・・シズちゃんの服の裾、掴んでていい・・・・?」
さっきの冗談めかした言い方とは打って変わってどこか弱々しく問い掛けられて、妙な感覚に陥る。顔を逸らしたまま、ノミ蟲に右腕を差し出した。
「勝手にしろ」
「いやぁ、なんかごめんね。まさかシズちゃんに助けられる日が来るとは夢にも思ってなかったんだけど」
「そうかよ」
ノミ蟲の家に着くと、こいつはそんな風に言った。あんま怖がってるようには見えねぇんだが、気のせいか、もう大丈夫なのか。
「ん、ちょっと屈辱」
「そりゃいい」
眉根を下げて言われて、く、と喉の奥から笑いが漏れる。
「まあでも、助かったよ」
「・・・・」
「シズちゃんの隣がこんなに落ち着くとは、知らなかったなぁ・・・・ちょっと貴重な体験をした気がするよ。とりあえず、ありがとう」
言って、ノミ蟲は珍しく悪意のない笑みを見せた。
その、笑顔が。丁度すぐ横の大通りを走り去った車のライトに照らされたその笑顔が。
妙に俺の心を擽る。気持ちが、いつもと違う意味で昂ぶる。
そのせいなのか――
「――っ!」
「ぇ、ちょ、シズちゃ――?」
無意識に、臨也の手を引いて抱き寄せていた。
驚く臨也をただひたすら抱き締めて、息を詰めてもがこうとする臨也に腕の力を一層込める。
「う、シズちゃん、ちょ、苦し・・・・・折れる!骨折れる!」
「うるせぇ」
強まった力に対して、臨也は更に暴れ出す。それを抑え込むように低い呟きと共にまた力を強めた。
理由は分からねぇ。ただこうしたいという衝動に駆られて、腕の中に収まった自分より小さい温もりの塊に、顔を埋める。くすぐったさにかビクリと震えた肩は、また言葉を紡いだ。
「ちょっとシズちゃん、ここ外・・・・!ていうか急に何。もしかして俺に惚れたの?」
「・・・・・」
「ねぇシズちゃん黙ってないで答えてよ。あとその前に離して。シズちゃんの馬鹿力でそんなことされたら全身骨折れるじゃん。ねぇ、痛いってば骨折れるってば離して死ぬー!!」
「・・・・うるせぇっつってんだろ」
顔を俺の肩に押し付けられた状態で、くぐもった声で叫ぶ臨也が煩くてならねぇ。一度体を少し離して、細い肩を掴んだ。
「は、良かったシズちゃん、離してくれ――んっ!?」
うるせぇと言っても喋り続けるならいっそ、口塞いじまった方が早いだろう。そう思って、形のいい臨也の唇に自分のそれを重ねた。
「んっ・・・・・ふ、」
甘ったるい声を漏らす臨也に眉を顰めつつ、ひとりごちる。
――なんでだ。なんで、こんな奴・・・・愛しいなんて思っちまう・・・・・?
~オマケ~
「シズちゃん」
「なんだ」
「俺が暗所恐怖症っていうのさぁ、嘘だよ」
「あ゛?」
「うそ」
「・・・・手前・・・・・なんでそんなくだらねぇ嘘つきやがる」
「どーどー落ち着いて。・・・・・・ただ、怖いって言えばシズちゃんが構ってくれるかなーって思ったから」
「・・・・・・・」
「シズちゃん?」
「・・・・・・・・」
「え、ちょっと待って、何してんのこの手何。ちょ、まさかここで!?ふざけないでよやめてってば考えてよシズちゃ――」
―その後夜の池袋にいざやさんの嬌声が響き渡ったか否かはご想像にお任せします―