ロックンローラ小ネタ集 ※801
「変態」
「純粋な愛だ」
「分かった頼むから愛とか言うな――っておい!」
ウエストの隙間から侵入してきた手に己の性器を掴まれ、一気に眠気が飛んだ。おいバカやめろ、と肘鉄を食らわせるも効果はなく、ボブはもう片方の手で器用にベルトのバックルをはずしてしまった。そして素早くファスナーを下ろすと、
「目つぶってろよ」
体勢を変えて俺の正面に回り込んだ。最大の弱みを文字通り握られているせいで思うように拒絶できない。言い訳? そんなまさか。ふっと頭をよぎった考えを、そんなまさか、実際に首を振って追い払った。
「ボブ!」
「だから目閉じろって」
「これはレイプだぞ」
「あの双子が同じことしてきてもそう言うのか? 俺だって思わなけりゃいいだけだ、簡単だろ」
「そういう問題じゃ」
「そういう問題だ」ボブが遮った。「現実の感覚を頭ん中でどう思いこんで処理するか、そういう問題だよ。俺はお前が欲しい、お前は女が欲しい、ここに女はいない――ほら、ちょっとショートカットすれば解決じゃないか。夢でも見てなよ」
「待てって」
待たない。
れろ、と温かい舌が下着の上から性器を舐めた。目を閉じてなどいられなかった。いやいや脱がせろよ――いやいやいや脱ぐ脱がないはどうでもいいんだよ、こいつはゲイで俺はゲイじゃなくてなのにこんなことされてるのが問題なんだっつうの、おいボブ、ぞわぞわして気持ち悪いからさっさとナマで――ってそうじゃねえよ違えだろ! 色んな悶絶が混じりあって声にならないでいる俺にボブは上目を遣い、「へえほひほっへ」
何を言ってるのか分かってしまう自分が憎い、ものすごく憎い――あ、直に舌、が――
「……クソ」
やけになって目を閉じ、与えられる刺激に身を任せた。全自動オナニーだと思えばいい、妄想するのは俺の仕事で手を動かすのはどっかの誰か、オナニーというか金を払って受けるその手のサービスというか、そういう。俺は最も手近にあった女の記憶をたぐり寄せ、脱がせ、瞼の外の現実に重ねた。うまいこと修正したのだ。うまいこといきすぎたので、つい、その女の名前が唇からこぼれ落ちた。Sから始まる名前だったと思う。ステラではない。スーザンとかサマンサとかそんな感じだった。今となっては忘れてしまったその女の名前を、俺は呼んだ。
するとボブはふっと動きを止めた。何だよと片目を細く開けると、口の中を空っぽにしてはっきりと言った。こいつのこもったような声と喋り方は『はっきり』という形容詞とはそぐわないが、さっきよりは格段にという意味だ。
「呼ぶのはナシ」
「はっ、あ?」
「女の名前、呼ぶのはナシにしてくれ」
「……お前が想像しろって言ったんだろ」
「それはそうなんだけど」一瞬の間を置いた後、こいつは自嘲めいた笑みを浮かべた。「俺の想像を壊さない限り、ってことで頼むよ」
「想像って」
俺のをしゃぶりながらいったい何を想像すると言うのか。他の男か。他の男って誰だ。バーティーとかいうあのふざけたカマ弁護士か。結局あいつとヤッたのか。あの書類のおかげで俺たちは命拾いしたわけだが、ああいうのが趣味だったならともかく、セックスと引き替えってのはどうも、まああまり熱心に考察するのはよそう。しかしこれは完全に的外れだった。ボブは睫を伏せて呟いた。
「お前が嫌がってないって想像」
――俺はお前に求められて、応じてるっていう想像。
すぐには何も言えなかった。五秒ほど完全に停止していたと思う。じわじわとその意味が胸に沁みてきて、やっぱり何も言えなかった。ここでレイプなんて単語をぶつけられる奴がいたら心から尊敬する。けれど友達にはなりたくない。俺にはできなかったので、代わりに罵った。
「……バカだな」
救いようのないバカだお前は。そう言って短い髪を引っ張ると、ボブはどこか嬉しそうに「そうかもな」と肯定し、再び不毛な行為に勤しみはじめた。俺は夢に逃げた。坊主頭の女など今時珍しくもなかったし、男はなおさらだ。
作品名:ロックンローラ小ネタ集 ※801 作家名:マリ