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ロックンローラ小ネタ集 ※801

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 立ち上がろうとしてより深くソファに沈みこむ羽目になったとき、ヤバいと思った。物音を聞きつけてキッチンから出てきたボブの口元が大きく湾曲するのを見てもっとヤバいと思った。向かいで瓶を傾けていたはずのマンブルスは煙のごとく消えていた。ボブが何やら問いかけてきた。ワンツーは額に手の甲をあてて、ただの飲み過ぎだ、と灼けた声で呟いた。変なものを飲んだ覚えはないのだが、頭の芯が痺れてくらくらしていた。
「珍しいな」
 ボブはキッチンに取って返し、グラスに水を注いで戻ってきた。眼前に差し出されたそれを受け取ろうとして、ワンツーの腕は宙を切った。酔いのせいではない。ボブが避けたのだ。同じ高さに降りてきた目線が愉しそうにワンツーを覗きこむ。
「飲ませてやろうか、口移しで」
「殴られたいのか」
「酔っぱらいに脅されてもなあ。今のお前じゃガキにだって負けるさ」
「ファック」
「俺を?」
 ボブが小首を傾げた。ふざけるな誰が男なんか、と吐き出してふと気づいた。髭の一本一本が数えられるくらい顔が近い。そして髭の中心には厚めの唇がある。
 背筋が泡だった。ワンツーは死体のように重い腕を持ち上げ、二人の間に壁をつくった。ボブの目元を隠そうとすれば口元が、口元を隠そうとすれば目元が隠しきれない。誰かこのファッキンニヤニヤ野郎を外につまみ出してくれ、報酬ならいくらだってはずむから。
「……いいか。たとえお前が終身刑食らったとしても、俺は絶対、絶対だぞ」
「絶対?」
「俺は死んでもお前とは――」ワンツーは意地汚い鯉さながら口をぱくぱくさせた。たとえ仮定の話だとしても続きを言うべきじゃない。言葉には力があるなどというたわごとを信じていはしないが、不吉ではある。「――ちくしょう、何でもねえよ」
「言えよ」
 不意に笑みがかき消えた。暗い室内を照らしているのはキッチンから漏れる明かりだけだった。これはよくない。何しろこいつはワイルドバンチのハンサム・ボブなのだ。女でなくとも、これはよくない。
「うるせえ」
 グラスを奪って一思いにあおった。冷えていない水道水が喉を滑り落ちていった。ひどい気分はちっともよくならなかったし、忌々しいボブの野郎もいなくならなかった。あの日以来、こいつは秘密だったことを忘れてしまったかのごとく、好意――というか何というかもっとあからさまなもの――を言動に織り交ぜてくる。マンブルスも一緒になって煽ってくるか、よくて見て見ぬ振りで、防戦一方を強いられている。正直参る。
「俺が終身刑食らったら、してくれるのか」
 ボブは『する』という動詞を強調して尋ねた。
「……何をだよ」
「……ファック」
「するかバカ!」
 ほとんど悲鳴をあげると、相手は破顔した。
「おいおい、『クソ』って意味だよ、ワンツー。早合点しないでくれ。もちろん、俺はいつでもウェルカムだけど」
 いつものニヤニヤが戻ってきて安堵している自分自身にぞっとした。こめかみがズキズキと脈打ち始める。紛らわしい言い方すんじゃねえ、ワンツーは舌打ちし、渾身の力を振り絞ってボブの股間を蹴り上げた。呻きながら自分の上に倒れ掛かってきたボブを押し退けることは、それ以上に大変な仕事であった。