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幸福のありか

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毎年恒例のクリスマス・マーケットは無事最終日を迎え、それはドイツのほんの少しの優雅な休日が終わりを告げたことも示していた。
マーケット最終日にでもなれば、意識が飛んでしまうほどに酒をあおるのも恒例行事の一つだが、今日ばかりはそうもいかない。
寒空の下、ドイツの肩に顔を伏せ、一言も言葉を発さないイタリアを担いでいるこの状況が、ドイツをそう在らんとさせていた。


普段ならばどちらかといえば――認めたくない、非常に恥ずかしい事実ではあるが――酒に関してはドイツの方が迷惑をかけていることからすれば、この状況は割りに珍しいことであった。普段の行動暦からは考えられないほど、イタリアは酒に呑まれない。

「だってベロベロになっちゃったら女の子が口説けないじゃない」

と、最もらしいことを言っていたが、恐らくドイツほど酒好きなわけではないのだろう。
バーやレストランで、”人並み程度”に飲むことに多大なる難解さを感じているドイツにとって、その”人並み程度”を実行出来ているイタリアには驚く他なかった。節度、だとか、我慢、だとかの言葉が、似合わないとまでは言わないが、並ばせてみれば少々の違和感はあるのがイタリアだ。そのイタリアがさも当たり前のように、アルコールでダウンしているドイツを介抱する。端からみれば異様とさえ思われるような光景だろう。しかし何故かそれがお互いの間では当然のごとく行われている昨今であり、ドイツも最近はその状況に甘んじている部分があった。今更ながら、恐ろしく情けない話だと思う。

「ドイツはお酒のことになると途端に俺に敵わないんだから」

なんて笑って言われた時も、流石になにも言い返せなかった。


そして今日もまたその流れに陥り、自分はドロドロになるまで飲みを続け、その後イタリアがベルリンの自宅まで送った後介抱、朝起きると隣にはイタリアも眠っていて自分の失態に気づく、という状況が用意されていたはずだった。しかし予定調和とは時に大きな音を立てて崩れるものだ。それはあくまでパターン化された一律の行動、でしかないのだから。

目の前でイタリアがテーブルに突っ伏したのを見て、ドイツの思考は一瞬にして停止信号を発令させた。ジョッキグラスを片手に散々上司の愚痴を零しながら、現在の不況下に於ける経済成長の不安や憂いを語るドイツを、つい数秒前まで笑顔で見守っていたはずのその男が、突然テーブルに倒れたのである。ガシャン!と無遠慮にぶつかり合う食器の音が店内に響き渡るも、他のテーブルでもさほど珍しいことでもないせいか、気に留める者は誰一人いなかった。
――勿論、ドイツを除いて、の話だ。

そもそも、この男が倒れる姿というのは戦場で白旗を揚げながらだとか、誰かしらに小突かれたりだとか、風邪をひいたりだとか…そのような部分でしか見たことがない。体調が芳しくないのであればすぐに泣きついてくるのがこの男。何も言わずに倒れるなんて、正直、酩酊ぐらいでなければありえない話だ。
ばったりと倒れたままのイタリアに、恐る恐る声をかける。イタリアの男は酔うと面倒だ、なんて、昔誰かから聞いたことがある。女だったか、男だったかすら朧気なあたり本当にどうでもいい話題だと踏んでいたのだろう。ああ、なんてこと。なんてことだろう。もっとあの時真面目に話を聞いておけばよかった!対処法だとか、それなりに役に立つことは言っていたはずなのに。

「……イタリア?大丈夫か?」
「……ドイツぅ……」
「な、なんだ!?気持ち悪いか?何か…み、水でも用意させるか?」
「…ううん………どいつの」
「お…俺の?」
「うちにいきたい……きもちわるい……」
「……」

一瞬、言葉に詰まる。
ドイツの気持ち悪い家に行きたい、と解釈しかけたとかそういうことではなく、なんで今いきなり自分の家の話になるのかがおよそ理解に及ばなかったからである。気分が悪いなら今すぐにでもお前の家に戻って身体を休めるべきだし、なんならこの店の洗面所を借りる手もあるだろうとドイツの脳内ではありとあらゆる提案が駆け巡っていたが、イタリアが一番優先すべきこととして判断したのが「ドイツの家に行く」ということであれば仕方が無いようにも思えた。明らかにドイツ邸よりイタリア邸の方が距離も掛からないのに、不思議な奴だと首をかしげながらも、突っ伏したままの姿に対しての不安感が募りすぎていたせいか冷静な判断も下せず、急いで店員にタクシーを呼んでもらった。
作品名:幸福のありか 作家名:knm/lily