幸福のありか
イタリアの体重は軽くもなければ重くもないため、そこまで苦なく担ぎ上げることが出来る。とはいっても、いつものように肩に担ぐこともできず、必然的におぶるかたちになっていた。大丈夫か、と道中声をかけても、一度も返事はなく、これはまずいと足を早めた。もしかしたら相当気分が悪いのかもしれない。なにせ今まで酔ったところを見たことがないため、何がどの程度のものなのか判断基準がない。一切測れないのだ。イタリアはもしかしてかなり酒に弱いのか?でもそんなに飲んでいただろうか、とそんなことを考えているうち、ほどなくドイツ邸に到着する。家には運悪く誰にもいないようで、兄に助けを求めることもできない。こういうときに兄さんがいれば、イタリアちゃんどうしたんだ!と喚きながらも働いてくれただろうに。そういえばフランスやスペインと飲みに行くなどと言っていたような気がする。
とりあえずリビングのベッドにそっと身体を下ろしてやると、イタリアの頬が少し赤らんでいることに気づいた。完全に酔いがまわっているなら、とりあえず水を飲ませるべきだな、と、自分がイタリアにしてもらっていたことを思い出しながら、焦燥を抑えつつ次に行わねばならないことを羅列していく。水を飲ませて、汗をかいているなら身体をふいてやって、もしキツそうなら洗面器も用意してやって…。
こうして改めて並べてみると、イタリアには本当に毎度迷惑をかけていたことに嫌でも気づかされ、ドイツは頭を抱えたくなる。恥ずかしさも一周すればどうってことはないなどと誰かから(おそらくフランスから)教わっていたものの、まだそこまでは到達できないのだ。
そんなことをだらだらと考えていると、キッチンの後方からゴソリと衣服の擦れる音がした。イタリアが起き上がったらしい。濡らしたタオルを慌てて絞り、リビングの方へ戻る。そこにはやはりイタリアが起きあがった姿でドイツのことを待っているようだった。
「ドイツ〜〜ごめんね…・・ありがとう……」
「い、いやそんなことはいいんだ。調子はどうだ?厳しいか?もし吐きそうだったら洗面所をあけておくし、洗面器も持ってこれるが」
「ううん……吐き気は大丈夫……と、とりあえずちょっと横になってたいかも……」
「そ、そうか、そうだよな…来客用のベッド周りがあまり綺麗ではないから、申し訳ないんだが俺のベッドでも大丈夫か?」
「うん、むしろそっちの方が落ち着く〜〜……」
「……そ…そうか」
不意に与えられた一言に少しばかり戸惑いつつも、今度は抱きかかえるようにしてイタリアを自室のベッドまで運ぶ。思ったよりかは汗などもかいていないようで、身体をふくためのタオルは、額に乗せるためのタオルへと用途を変更した。
凍えるような寒さだった部屋にも暖房をかけ、温まるまでの数分、イタリアの具合を伺うことに徹する。ドイツは出来るだけ近くに椅子を置き、 イタリアの顔をじっと見ていた。イタリアもその視線に気づき、じっと視線を合わせる。ドイツのあまりの真剣さに根負けするかのように、イタリアは少しだけ笑った。
「ドイツ、おれもうだいぶ楽になったよ、ありがと」
「本当か?それなら……いいんだが」
「ふふ、アレでしょ、”普段の俺が今のイタリアか……”とか思ってるでしょ」
「なっ……なんでわかったんだ?」
「ドイツの考えてることなんかお見通しだよ〜」
「……そうなのか?」
お前って実は凄いんだな、と、口よりも表情が先にものを言うようで、イタリアはまたクスリと笑った。ドイツはそれを見て、なにに笑ったのかわからず頭の上にクエスチョンマークを載せる。次第にあたたまっていく部屋と、二人だけの空間が、どこか倒錯的に見えるのはおそらく気のせいではなかった。途端に気恥ずかしくなったドイツは、ガタン!と大きな音を立てて椅子から立ち上がると、
「で、では、俺はとりあえず着替えてくる」
と妙にぎこちない、上ずった声を上げた。イタリアは突然のことに、えっ?と素っ頓狂な声をあげ、部屋から出ようとするドイツの腕を慌てて掴んだ。なんでいきなり、と驚いたような顔をして問いかけるも、ドイツは硬直したまま動かない。掴んだ腕の部分だけが異様に熱かったが、それを無視するようにイタリアは言った。
「ねえドイツ、俺ひとりじゃ寝れないよ。一緒に寝ようよ」
「お、おまえっ…そんなこと言って、体調はどうしたんだ!」
「まだだめだよーだからお前と寝たい!だめ?」
「わ…わけがわからん、道理にかなったことを言え」
「これが俺の道理なのー!…そんなにだめ?」
「…………………・十分だけだぞ」
「あはは、ケチ!」
完全に根負けじゃないか、とドイツは馬鹿みたいに逸る心臓の音をごまかすように、なるたけ時間をかけて寝間着に着替える。隣ではイタリアが視線をこちらに送っているのか、無駄に緊張が増した。ただ一緒に寝るだけならいつものこと、なんでここまで意識する必要があるだろう。それも先ほど、一瞬だけあがった温度のせいだ。普段よりも、その場の空気が間違いなく濃かった。もたもたと着替えをしていると、イタリアが後ろから声をかけてきた。まだ少し酔いが回っているのか、呂律が絶妙に怪しい。
「ねえーどいつーまだー?」
「ああもう、ほら、着替えたぞ!お前は体調が悪いんだから本当に一瞬だけだからな…って、うおっ」
「やっとだよもう!ドイツほんと焦らすの上手いよねえ」
「……は!?」
まるで流れ作業のように、至極当たり前に、ベッドの上で組み敷かれている、この状況。まったくもって、こちらが理解するよりも先に、イタリアは行動に出ていた。先ほど着用したばかりのシルク生地(そもそもこれもイタリアのリクエストだった、確かに。)のそれの下に手をするりと忍び込ませて、胸元を、ひた、と触る。まだ手のひらは冷えていて、思わず全身が震えた。
「あ、ドイツ感じてるー」
「…!?お、お前…体調っ…悪かったんじゃないのか!」
「誰も悪いとは言ってないよ〜でも本当に、よくはなかったんだよ?でもドイツが可愛いから治っちゃった」
「…………………………………」
「あははーごめんごめん冗談だってば!」
今からすることは冗談じゃないけど。と、イタリアが突然真顔になったところで、意識はプツリと途絶えた。