合宿2日目、23時。
「もう。ボクが男と三人川の字だなんて……」
右から村越・吉田・赤崎と川の字に並んだベッドの上、右隣から小さなぼやきが聞こえてくる。
了解したとは言え、いい年をした男三人がこれほど近くで眠るだなんてそうはないことだ、落ち着かないのは吉田も同じなのだろう。
いつもならば、昼間の疲れから横になるなりすとんと眠りに落ちる赤崎も、なんとなく隣から人の体温まで届きそうなこの距離感は確かに落ち着かない気分にさせた。おまけに。
……この人、甘ったるい匂いがするンだよな。
普段使いしている香水の匂いなのだろうか。チェストでしていた香りと同じ匂いが、傍らからほのかに漂っている。フィールドに上がっている時はさほど気にもならないが、こうして近しい距離で黙って並んでいると、不思議といつも以上に相手の匂いに敏感になってくる。
「男なんて抱いて寝ても、ちっとも楽しくないよ。固いし重いしいい匂いなんてしないし……」
「うるさいぞ、ジーノ!」
ぼやく吉田に更に右奥から村越の声が飛ぶ。真面目な村越からしてみれば、早いところ眠ってしまいたいのだろう。それを都度都度邪魔をされたのだ、いつも以上に低音を利かせた声音に、思わず毛布の下、赤崎の方が身を竦める。
「えーっ、でもコッシーだって女の子の方がいいんじゃないの? ねぇ? ザッキー」
「いえ!」
「ザッキーは男の方がいいんだ? 腕枕してあげても、腕が疲れるだけじゃない」
けれど吉田はいつだって流石は王子だ。静かにプレッシャーを掛けてくる村越へとくるりと背を向け、ねえ?などと問いかけてくる。
「いや、今は合宿中ですから……それに俺だって男相手なんて嫌ですよ」
「そう? やっぱりどうせ寝るならいい匂いのする女の子がいいよねえ? あーあ、合宿の間、こんなムサいのと犬と一緒に寝るだなんて」
もちろん、赤崎だとて一緒に寝るのならば可愛い女の子の方が当然良いが、今はそんなこ
とを言っている時ではない。
訂正をしたところで吉田は聞いているのかいないのか、好きにぼやいている。
「えっ?!」
「人肌が恋しいよ……わっ!」
その背後からにゅっと突き出してきた腕が、毛布ごと吉田を絡め取るのが見えた。まるでホラー映画の一幕だ。流石にこれは予想していなかったのだろう、吉田は うわあ!と悲鳴を上げる。
手の主は当然、村越だ。村越が背後からその体格を活かして、吉田を抱え込んでいる。
「こ、コッシー、なんだい? 止してくれよ」
「そんなに、人肌が恋しいなら俺が抱いて寝てやる」
よほど切れているのか、毛布に包まれ蓑虫よろしくもぞもぞと動く吉田の肩と腰とを背後から抱え込み、にやりと捲り上げた唇の端から凶暴に犬歯を覗かせるどこか殺気だった顔つきで村越が低く囁く。
「嫌だよ。コッシーじゃ腕枕しても重いじゃないか。それにいい匂いもしそうにないもの」
低音を耳元から流し込まれ、びくりと剥き出しの肩を竦めた吉田は、けれどもさほど村越に恐怖を感じていないのか、それとも必死の空元気なのか、唇を尖らせて懲りない台詞を繰り返す。
「そうか? 俺は別にコンビニの適当なシャンプーを買ってきているから、そう男臭い匂いはしないと思うし、どうせ腕枕をするのは俺の方だぞ?」
「……確かに、コッシーが腕枕してくれるなら、らくちんかも知れないけどさあ!」
問題点が違うだろう、目の前のちぐはぐな会話に、どこか冷静な部分で赤崎がつっ込みたい気持ちと共に、だんだんと開き直りのような気分が生まれてくる。
珍しく調子を狂わされた吉田が、なにやら居心地の悪そうな顔をしている。これは、主導権を村越と二人握るチャンスなのかもしれない。
「あー、俺も丁度切らしてたからコンビニのテキトーな犬用シャンプー買ってきました」
呟いて、赤崎は毛布を掴むともそもそと右へと這って行く。そのまま蓑虫になってじたばたと暴れている吉田の正面へとごろりと転がる。
「ザッキー?」
何事かという顔をする吉田に、してやったりと口の端を上げてやる。
「王子、犬なら抱き枕に丁度いいでしょ?」
笑いながら胸元へと顔を寄せれば、止してくれよと悲鳴を上げる吉田からはやはり甘い匂いがした。
おしまい。
作品名:合宿2日目、23時。 作家名:ネジ