そんな筈ないだろ
【正臣がどうでもいいわけないじゃないか】
【会うなら会えるよ】
【正臣のそういう勘、外れたことってないからね】
「あっさりと信じちゃってまぁ…」
ふふふ、とパソコンのモニターに向かって折原臨也は笑みを零した。そんな雇用主を視界の隅っこに入れて、波江は軽く眉をひそめる。
「ハンドルネームだけで紀田くんと勘違いするなんて、まだまだ甘いなぁ帝人くんは」
「またくだらないこと…」
懲りないわね、波江は呟く。
「だから彼を田舎に行かせたのね。本当は東北まで足を運ばせる必要なかったんでしょ」
「邪魔者はいないほうがいいからね」
「人の名前を騙るなんて、らしくないんじゃないの?」
「狙いがあるんだよ。ついでに親友と話せて喜んでいる帝人くんを見られるのは面白いし」
くくくく、と楽しげに笑う臨也を見て、波江はため息をつく。
「そんなこと、空しいわ」
「え?」
「自分ではなく他人の存在に心を動かす姿なんて見て何が楽しいの?空しいだけよ。自分が愛している相手ならなおさら―」
うっとりと誰かを思い浮かべながら波江は遠い目をした。
「愛?」
今度は臨也が波江にため息をついて答えた。
「波江さんの愛と俺の愛を一緒にしないでほしいなぁ。俺の愛は特定の人間に固執するものじゃない。
すべての人間を同じように愛しているのさ。たとえそれが駒でも、―ただのゴミでもね」
「本当に、そうかしら?」
一人の高校生にそこまでする時点で、深入りしすぎているとは思わないのだろうか?
自分では分からないものなのかもしれない。
波江は思考をそこで止めた。この男の精神分析をしたところで、自分には何ら関係のないことだ。
「やけに絡むなぁ、今日は」
「もうやめたわ」
打ち切る様に波江はぱたん、と本を閉じる。
雇用主に目を向けると、彼はまだモニターに向かって笑みを浮かべていた。楽しそうに。
『帝人に、何を言った』
『やめろって言って――――――!』
ぷつ、
「怒鳴られるのは好きじゃないんだ」
自分の名を騙られたことを察知しヒートアップした紀田正臣の電話を一方的に切って、臨也は吐き捨てた。
帝人、帝人、正臣、正臣、
若すぎる彼らの駒どうしの友情なんて至極どうでもいいことだ。勝手にやっていればいいのに。
自分がその関係を利用したことを棚に上げて臨也は胸の中で毒づく。
何故か苛々していた。自分が描いた構想は今のところうまくいっているというのに。
うんざりだ。
携帯電話をパタンと閉じる。それと同時に胸に渦巻くものに無理やり扉を閉めて鍵をかけた。
竜ヶ峰帝人―これといって特徴のない、柔らかな雰囲気を身にまとった少年。
彼は思ったとおりきれいな瞳をしていた。
だからこそ、その瞳を利用してやろうと思った。
彼の頭がきれるということは薄々分かっていたが、それでもなお純粋なその瞳を曇らせて自分の思い通りに動かせたらきっととても快感だろうと思った。
だって俺は愛している。愛しい人間たちを。駒を。
ぎりぎりまで引き上げてそして絶妙のタイミングで手を放す。堕ちていくその様は相当見物だ。
すばらしいじゃないか。それを見るために俺は生きているといっても過言じゃない。
竜ヶ峰帝人もそんな対象の一人だった。ずっと目をつけていた。それだけの存在。俺を楽しませるだけの。
面白いねぇ。
自分に向ける信頼の瞳。笑顔。
ああ、これがどう変わっていくのだろう。わくわくする。
俺を楽しませてくれよ。帝人くん。
愛しているんだ!!!