再会の約束を
今日、雨だってさ。
携帯ぽちぽち。天気予報でも見てたのか、慶次が唐突に口を開いた。
「やだねぇ雨。じっとりしてさ。ウツウツになるよ」
芝居がかった仕草で肩を竦める。同意を求めるようにちらりと視線を向けられたので、そーだね、と話半分に頷いておいた。
そんな俺の視線の先、には。
昨日別のクラスに来たらしい、転校生。
俺様の情報網によれば、名前は真田幸村。1年5組。割とよくつるんでるチカちゃんこと長曾我部元親、それに伊達政宗と同じクラス。
そして、昨日の朝の夢に出てきた男の、そっくりさん。
見かけたときはびっくりしたどころじゃなかった。なんでアンタが俺の夢に!?そんな感じ。食って掛かるような真似はしなかったけど。
しなかった、じゃなくて、できなかった、が正しい。びっくりもあったけど、それよりも。
懐かしいような。心の中が晴れていくような。不思議で妙な感覚。そんな感覚に支配されていて、俺は目を見開いたまま彼をじっと見つめていた。
隣を歩いていた慶次に、おーいと目の前で手を振られて、やっと気付く。それまで、金縛りにあったみたいに動くことができなかった。
そのとき彼は政宗と一緒に歩いていて、その様子になんか苛々したり、とか。
会ったばかりどころか、話したこともないのに。
制御できない謎の感情の意味を探って、一日悶々として。気付いたら授業は全部終わっていた。授業を受けた記憶も昼飯食った記憶も、友達と話した記憶もない。
多分今みたいな生返事で素通りしてたんだと思う。その証拠に慶次が片眉を顰めていた。
「あーのさぁ。今日一日ぼーっとしてるけどどうしたんだよ?そっちかすがちゃんいないよ?」
俺が毎日かすがの尻追っかけてるとでも思ってるのか。そこはさすがにスルーできず、俺はようやく慶次に向き直った。
「別にかすがが目的じゃないし」
「じゃあ誰さ。話題の人って言えば・・・あの転校生くらい?真田、っつったっけ」
あ、笑った。
あはは、と笑い声が聞こえてもう一度彼の方へ振り向く。廊下の、丁度教室の扉の向こうに彼がいる。相手は今まで扉の影になっていて見えなかったが、ちらっと見えたあれは政宗か。また微妙な気分になる。
「・・・・・・」
あー、正面からジト目で見られてる気が。
ギギッと首を正面に向けると、案の定だった。
「よーっくわかった。お忍び君はあの転校生目当てなわけね」
「お忍び君言うな!てかちょ、待てって、俺ホモじゃないですから!!」
机を叩いて勢いよく立ち上がると、教室中の視線が俺に突き刺さった。アレ、まずった?
ホモなんだって、とかひそひそ聞こえるけどあのマジで俺ホモじゃないです・・・!
慶次があーあ、って顔でニヤニヤ笑ってやがる。コイツ後でシメるぞ絶対。
「Hey猿!ホモがなんだって?」
ニヤニヤがもう一人増えやがった。政宗と・・・話題に上がってたその人、真田幸村。
「幸村、紹介しとく。コイツは猿飛佐助、そんでこっちは―――」
「前田慶次!けーちゃんでいいから!へーアンタがお忍び君の―――」
「だーっから違ぇって!!」
慌てて慶次の口を塞ぐと、幸村は呆気に取られた顔でぽかんとしていた。俺が見ているのに気付いて、柔らかく笑う。
「仲が良いのでござるな」
「ござ・・・?」
ちょい待ち。現代において聞こえちゃならん言葉が聞こえたような。
解説は政宗がしてくれた。
「Ahー、コイツんちすっげー古風なんだってよ。剣道の師範代の家に住んでるとかで」
「申し訳ござらぬ、もうこれは某の癖のようなもの故・・・」
それがし、と来たか。古典でもあんまり聞かない。
古風にも程があるというか・・・剣道の師範代の家に住んでる、って理由になってないような。
「ちなみにその師範代、オレらも知ってるヤツだぜ」
政宗がニヤリと笑って言った。
「知ってるヤツ・・・?」
「剣道部の顧問をなさっているお方でござる。この幸村、お館様より数多くの教えを賜り―――」
「あー!武田信玄!幸村、おっさんのとこに住んでんの!?」
「おっさ・・・!?」
幸村は慶次のおっさん発言に唖然としたようだが、次の言葉に顔色を変えた。
「政宗が幽霊部員やってるとこだろ、剣道部って」
「なっ!?」
「Ahー・・・」
政宗があーバレちまった、みたいな顔で頭をがりがり掻いている。そんな政宗に、幸村は猛然と食らいついていった。
「政宗殿、そんなことは一言も―――!」
「言ったら言ったでめんどくせぇだろ。こーなると思ったから言わなかったんだよ」
「某、この学校の剣道部に入るために転校してきたのでござる!ぜひ一度手合わせを―――!」
「あー無理。オレ弱ぇから」
「嘘つけよ伊達ちゃん、都大会優勝取ったことあんじゃん」
「なんと!」
そんなやり取りを、俺は。
苛々しながら見ていた。
沸々とわきあがるこの感情を押し殺し、俺は笑顔を繕った。
「あー、ちょい、ごめん。俺図書室で勉強してから帰るわ」
「はあ!?俺とゲーセン行く約束は!?」
そんなんしてたっけ。恐らくぼんやりしててまた生返事返したんだろう。
「悪い、また今度」
背後から慶次の、ちょ、傘はー!?とかいう叫びが追いかけて来たが、無視して俺は教室を後にした。
ざあああああああああ。
目の前には土砂降りの雨。
これはなんのいじめだ。
それとも誘い断った慶次の呪いですか。
ざあああああああああ。
あー、なんか思い出して来た。そうだ、“傘”だ。
『今日、雨だってさ。やだねぇ雨。じっとりしてさ。ウツウツになるよ』
そーだね。
『佐助、今日傘持ってきてる?』
あーない。
『じゃ入れてやるからさ、帰りゲーセン行かねえ?』
あーうん。
・・・ばっちり了承してました、俺様。
やっぱりこれは慶次の恨みの雨なのか。
ダッシュしたって意味ないなこりゃ、と普通に足を踏み出しかけたときだった。
ばさ。
視界の端で、傘が開いた。
思わずそっちを見たら。
傘を開いたその人物も、こっちを見ていた。
「・・・えー、・・・佐助殿、でござったか」
ギリギリ名前を覚えてくれてたらしいその人は。
「真田、幸村・・・」
俺が今日一日を無駄にした原因でした。
「・・・入っていきまするか?」
幸村が開いた傘の持ち手を差し出す。男と相合傘か、と思ったけどこのざんざん降りだ、背に腹は代えられまい。俺は差し出された傘の中に入らせてもらった。
「確か佐助殿は、図書室で勉強していたのでござるな」
「あー、うん」
そのまま二人で歩き出す。男用のでかい傘とはいえ男子高校生二人が肩揃えて入るにはかなり狭い。二人共体半分は濡れてしまうのはまあ仕方ないだろう。
確かに俺は図書室で勉強していた。制御できない謎の感情を振り払うように、一心不乱に。
まあそれは最初だけのことで、結局成果は上がらなかったわけだが。
またぼーっとしてしまって、今度俺の意識を取り戻させたのは窓に容赦なく当たる雨の音だった。
「えーと、幸村、は、なんでこんな時間まで?」
なんだかむず痒い。しっくり来ない呼び方だ。