再会の約束を
「今日は剣道部の見学をしており申した。かような雨が降るとは思ってもみませなんだが・・・」
佐助殿も災難でござったな、と幸村は笑う。けどその呼び方もしっくり来ない。殿、なんて呼ばれたのが初めてだからかもしれないが。
けど、違う。
「・・・呼び捨てでいいよ」
俺は気付いたら口に出していた。
「俺は、なんて呼ぼうかな・・・」
少しの間、思案。そうしていたら、幸村がぽつりと言った。
「佐助殿・・・佐助は、なんだか妙な感じがする」
「妙?」
そりゃ心外だ。でも幸村は、前を向きながらも言葉を探すように視線をうろうろさせていた。
「妙、というか・・・懐かしい、というか」
懐かしい。
俺は息を呑んだ。それは俺が幸村を初めて見たとき抱いた感情と同じだったからだ。
「傍にいて、安心する、というか」
「・・・初対面、だよね。俺ら」
「そのはず、だが」
あれ。
今例のござるが出なかった気が。
「アンタ、普通に喋れんの?」
「あ、いや・・・なぜだろう、佐助と喋っていると自然に・・・あ、れ?」
幸村自身も困惑しているようだった。なぜだ?とか聞かれてもわかんないから。
「ま、いいんじゃない?それでやり辛くないんならさ。旦那」
「だんな?」
口に出してみると存外しっくり来た。これで行こう、と俺は笑う。
「そ。アンタってめちゃくちゃ古風だから合わせてみた。駄目かな、真田の旦那?」
幸村はしばらくぱちぱち目を瞬かせて、足を止めた。危うく土砂降りの中に体を投げ出しそうになって、慌てて踏み出しかけた一歩を戻す。
「やっぱ駄目?」
「い、や・・・じゃ、ない・・・」
顔を覗き込んでみたら、幸村はなんかぽかんとした顔をしていた。
「そう呼ばれるのが、すごく自然なことのような・・・不思議な感覚だ」
「そっか」
俺と同じだ、とは言わずに、俺は微笑んだ。
「じゃ、よろしく、旦那」
「・・・ああ、よろしく。佐助」
傘を持っていて手を差し出せない代わりに、幸村は、旦那は笑う。
太陽のような笑顔だった。
ぽつぽつと益体のないことを話しながら歩いていて、俺はふと気付いた。自然俺の家へ足が向いてしまっていたけれど、旦那は?
「旦那、そういや家どこ?今更すぎるけど」
まさか傘のない俺のために家まで送ってくれる気か、とも思ったが、旦那はあっちだと俺の家への進行方向を指差した。
「へえ・・・じゃご近所さんかもね。でもサナダさんなんて聞いたこと・・・」
ない、と言いかけて。
俺は夕方の会話を思い出す。
旦那は武田の大将んちに居候してんじゃ、なかったっけ。
サナダさんは聞いたことないけど、タケダさんなら、ある・・・!!
「ここだ」
そう言って旦那は足を止めた。
俺んちがあるアパートの、三軒手前、だった。
「えぇえええ!?」
「どうかしたか?」
旦那はきょとんとしてるけど、大将んちってここかよ!めちゃくちゃご近所さんじゃん!なんで気付かねーんだ俺様!ていうか一度も偶然会ったことないんですけど!
学校の先生と家がめっちゃ近かった事実に内心大パニックになりながら、俺んちあそこ、と三軒先を指差した。
旦那もそうなのか、とびっくりしたみたいだった。でもすぐ笑って、
「ご近所さんだな」
さっきと同じ、太陽のような笑顔を浮かべた。