二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

嘘吐きラバー

INDEX|1ページ/18ページ|

次のページ
 



「お前、誰だ?」

俺はこれを、チャンスだと思った。


明るい光がぐるぐると漂う。俺が立っている暗い場所を、その部分だけが仄明るくなる。それ以外に何も見えず、俺は条件反射のように腕を伸ばす。だが触れるか触れないかという内にそれは消えてしまい、合図にしたように他の光も消えてしまった。愕然と立ち竦む。光から伝わってきたのか微かな、本当に微かな暖かみだった。
視界が切り替わる。黒い世界から、白へ、白へ。白へ。

「……?」

眼が覚めて一番最初にした事は時計に視線を這わせる事だった。秒針の音で少しずつ意識が覚醒し、七時半だろうかと首を傾げたが、そうじゃない。一時間早い。八時半。完全に遅刻だった。

「……」

ちこくちこくちこく。何回か繰り返してようやく事の重大さに気付いた俺は飛び起きる。だが床に足をつけた瞬間に今日が土曜日だった事を思い出して項垂れる。最近、学校をさぼる事が増えてきた所為で曜日感覚が怪しくなってきた。腕を伸ばして強張りを解き、そしてようやくそこで一階から規則正しいリズムと食器を動かす音がしている事に気付く。
一歩一歩確かめるように階段を降り、台所に向かう。手馴れた様子で調理していた男が俺を視界に捉えて柔らかく笑んだ。

「おはよう」
「ん、おはよ」
「千景は卵、目玉焼きで良かったか?」

大きな手の中に小さな白いもの。翳して確認を取る彼に俺は頬を掻きながら頷く。

「静雄が作ってくれた奴ならなんでも食べるぞ」

本心とも冗談とも取れるような言い方をすれば、金髪長身の男は落ち着いた綺麗な微笑を浮かべた。まだそれを向けられてる事に慣れていない俺は寝起きだというのに血が熱くなるのを感じて、片手で器用に卵を割る男の背に抱きついた。
瞬間、強張る身体。不快感からではなく、単純に驚いただからだと思う。証拠に身を捻りながら、笑って嗜めるような声が振ってきた。

「こら、火ィ使ってんだぞ」
「俺の心臓は火よりも熱く燃え上がってんよ」
「馬鹿か」

こつんと菜箸の持ち手の部分で額を叩かれる。おどけて「あいたっ」と言ってみせれば、整った風貌を俺に向ける。照れくさくて誤魔化したくなり、皿に盛られたタコの形をしたウインナーをつまみ食いした。

「わざわざ作らなくても良いのに」
「何言ってんだ、世話になってんだからこのくらい当たり前だろ」

悠々とした口調で言う彼にバレないように影で苦笑して「そうか」と返す。本来なら東京都の池袋に住まう通称『自動喧嘩人形』……こと、平和島静雄と俺はとある事情から同棲していた。かれこれ一ヶ月ほどになろうとしている。二つ名と同一人物とは思えないくらい彼はとても大人しく静かで、優しい。前者ふたつは、此処一ヶ月間に限ってだけの話、だが。

「あ、昨日、お隣さんからキムチ貰ったんだけど好きだよな?」
「は? いや辛いのはそこまで……あ。……あ、ああ。好きだ」

冷蔵庫からタッパーに詰められたそれを見せながら声をかければ何かもごもごと言っていたが、すぐに気を取り直したように後半の言葉が投げかけられた。明らかに狼狽している姿に眼を細めて、ゆっくりと慎重に声をかける。

「無理しなくて良いぞ」
「……ごめん。俺、……好きだったのか?」

第三者から見れば不思議な問いだった。でも俺は心配そうな顔を真剣なものに変えて静雄ににじり寄る。何処か不安げでばつの悪そうな静雄の顔を覗き込んで間髪居れずに細い身体を、今度は正面から抱き締めた。

「ち、か」
「良いって、本当に。そういうのはぜーんぶ思い出してからにしようや。な?」
「……ありがと、な」

至近距離から見た静雄の顔は、他の誰も声高には言わないが十分に整って独特の色気に包まれている。何処か物憂げに落とされた眉、形の良い目尻にキスするとびくっと身体を震わせる。俺も静雄もまだ、慣れているとはいえない。どうしたもんかと視線をうろうろさせている静雄の、今度は唇にキスする。ぷっくりと押し当てられる感触に満足していると、静雄の空を迷っていた手が俺の袖を握る。そこじゃない、というように身体を引き寄せて腰に手を回す。俺よりも背の高い静雄は散々躊躇った末にぎこちなく手を背中まで置いてくれた。

「ん……」
「なんも、思い出さない?」
「……悪い」
「いやいや、俺は慌ててないから」

無邪気に歯を見せて笑えば、静雄も照れながらはにかむ。可愛いなぁと心底から思って、もう一度キスしようと上体を起こしかけるが、そこで静雄がいきなり大声を出した所為で叶わなかった。

「な、しず」
「卵焦げる! 焦げる焦げる!」

あっさりと俺の腕の中から抜け出した静雄はコンロに急ぐ。元々弱火だったお陰で黒こげとまでは行かないが、それても卵白の部分が濃い茶色になっているところもあって正直その部分は食べられないと思った。すぐに引っくり返して応急処置をしている静雄を見ながらそっと唇に指を這わす。こんな当たり前のように口付けを交わせるようになったのも、一ヶ月ほど前から。

『ごめん、不器用な俺でよ』
『なあ此処、何処だよ?』
「千景」
『お前が友達で良かった』
『なんでだよ、なんであいつなんだよ』
「おい、千景」
『俺にしなよ』
『赦してくれ……六条……!』

『居なきゃいけねえ時に、あの男は!』
「千景!」
「……あ、え?」

考え事が一気に遮断される。俺の両肩を掴んで揺さぶっている静雄に焦点を合わせ、素っ頓狂な声を出す。
ずっと立ち竦んでいたらしい俺を不審に思って声をかけても反応しない。そう言った状況になっているとようやく把握した時には、静雄は俺を見ながら心配そうな顔を隠さない。
なんでもないと首を振り、一瞬で蘇った強烈な言葉の群れを強引に振り払う。この後ろめたさと罪悪感を味わってなお、俺は解決しようとはしない。「腹が減って死にそうだー」とスキップでも刻みそうな上機嫌な声で言うと、首を傾げながらも静雄は笑って炊いたご飯をよそってくれる。米の白さが、卑怯な俺の眼を焼いた。

作品名:嘘吐きラバー 作家名:青永秋