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嘘吐きラバー

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「静雄、米ついてんぞ」
「ん、何処?」

目覚めが良い所為か、此処数日よりも静雄は食欲がある様子だった。調理された食材が次々と形の良い口の中に吸い込まれていく。一足早く食べ終えた俺が頬杖を付きながら静雄に言うと、粗相が恥ずかしいのか手で一生懸命口の周りを拭っている。ずっと遊んできた女の子たちに抱くものとは少し違う感情が沸き上がり、愛おしげに眺めていた俺は机に乗り出して口の端を舐める。何もついていない、そこを。

「っ……おい」
「ごめん嘘」
「張り倒すぞ」
「静雄にビンタされたら正真正銘の顔面凶器だ」

にししと笑いながら語れば静雄はぶすっとした表情を逸らしてしまう。耳元が赤いながらも口元が半開きなのは、照れも含まれた戸惑いからだろう。何しろ俺たちは正確には付き合ってはいないから。なのに同棲しているし、軽いキスもする。俺と静雄のアルバムのページはたったの一ヶ月分しかない。だけど、物足りないとは思わない。静雄が確実に、少しずつ俺に惹かれているのを知っているから。

「なー、静雄って俺のこと好きだろ?」
「……んだよ、藪から棒に」

躊躇いがちに合わされる熱視線。途端にぞくぞくしたものが背筋を奔り、俺は心底眼の前の男に惚れているのが判る。静雄の一挙一動さに胸が躍る。綺麗で暖かな笑みに癒される。
そんな俺の心の揺れを気取られないように、あくまで俺は年下の余裕を構えてたっぷりと視線を送る。

「好きだろ? 好きだろ?」
「うっせーな。別に嫌いじゃねーよ」
「その言い方はつれないだろ、な、好き?」
「……まあ」
「まあ、って」

静雄の中でまだ、越えられない一線があるらしい。多分まだ、静雄の中で整理されていないんだ。俺だって今まで女の子にしか興味が無かったのに、まさか自分より背の高い男にマジで惚れるなんて思ってもいなかった。ひと月前までは完全なる俺の片想いだったんだが、今じゃ静雄は俺の事を名前で呼んでくれるまでになっていた。キスも許容してくれた。腕はまだ俺に回してはくれないけど。

「俺は好きだぜ、静雄のこと」
「……そうか」
「信じてねーの?」
「信じるとか信じないとかじゃ、なくてさ……。なんか不思議っていうか、実感が沸かねえっつーか」

ふい、と逸らされる視線。申し訳なさそうな、何処か混乱しているような顔だ。俺は投げ出されていた静雄の手を握って詰め寄る。

「さっきも言ったけど焦らなくて良いから。俺はずっと待ってるよ」
「……」

不安げに揺れる瞳に笑いかければ、少しでも安心出来たのか静雄はゆっくり頷く。一緒に住むようになるまで、俺は静雄がこんなに寂しがり屋な事も、こんなに綺麗に笑える事も知らなかった。少しずつ静雄の存在を確かめるのは最早俺の生活の一部となっていて。
そんな俺は、言っている事の矛盾に内心で自嘲した。ずっと待ってる、それは本心だけど、俺は待ち続けたい。その旅路の終着点を見つけたくはない。待つ。でも、俺のところへ静雄がつく事を俺は願ってはいない。俺は静雄と同棲してから嘘ばかり吐いている。

「今日はなんか、夢とか見た?」
「うーん……なんか真っ白な部屋で、黒い影がちらちらしててよ……。触った感触がすっげー柔らかくて、なんかの服っぽかった。誰かの服を掴んだ感じ」
「えー、ひょっとして俺かなあ」

惚気た様子で言えば静雄も少しだけ照れながら笑った。静雄が此処に来てから、夢の内容を言うのは半ば日課になっていた。

「かもしれねえな。俺が知ってるのお前くらいだし。全身黒ずくめの奴だった。あ、でも黒髪だったかも」

無邪気に今日の「夢」を語る静雄。だが俺は食後のお茶を飲む手が思わず止まる。全身黒ずくめ。心当たりがあったからだ。そしてそれは俺じゃない。

(夢でさえあんたは邪魔するのかよ……)

ぎり、と脳内で音が響く。口の中で反響した歯軋りは静雄には届かなかったらしく、そのまま夢の内容を思い出そうと唸っているが、それ以上は突出した所も無かったのかあっさりと肩の力を抜いた。
そこでふと今日、自分自身が見た夢の事を思い出した。起きた直後には忘れてしまっていたそれ。寝過すくらいに文字通り夢中となっていたそれ。
静雄が見たという白い世界に黒い影。俺が見たのは黒い世界に白い影。シンクロしていそうな現象だったけど、俺はそれを喜ぶ事は出来なかった。
これは予想だけど、外れていない予想だと思う。俺が見たものは負の感情の中に沈んでいる静雄。そして静雄が見たものは、本質の中を犯す、あの男。

「よっと」

俺が考えている事など何も知らない静雄が食器を片付ける。かちゃりと食器の触れる音と水道の音。心地良い不協和音に俺は考え事に没頭した。

作品名:嘘吐きラバー 作家名:青永秋