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嘘吐きラバー

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眼を開けたら、当たり前だが俺の家だった。だが床に寝そべる俺を見下ろす人物の存在が有り得無くて、俺は夢の中で夢を見ているのかとぼんやりと男を見上げた。
そのまま今の静雄は優しいな、と思っていたら、いきなり脇腹を蹴られた。

「っごは!」
「おら、しゃきっとしろ。水持ってきてやるから」

本人はかなり手を抜いたつもりだが(この場合は足を抜いたっていうのかもしれないが)、俺にとってはどの不良に蹴られるよりも大ダメージで、この痛みは現実だと理解しても、静雄が此処に居る理由が全く見付からない。もう近付かないと夢で決意したばかりだと言うのに、冷たい水を当たり前のように差しだす静雄にぽかんと口を開けとりあえずそれを一口飲んだ。

「……何で、戻ってきたんだ?」

思ったほど酒に飲まれていなかった俺は少しずつ冴えて来た頭で、どうやって俺たちが別れたのかを思い出し、素直にそう聞いた。静雄は何時の間にか見覚えの無い服に着替えており髪の毛もワックスが解けて襟足が降りていた。
そして静雄が浮かべている穏やかな微笑に、俺はひとつ直感を覚え、精一杯明るい声で言った。

「思い出したのか」

記憶が戻ったのか、と問えば、しかし静雄は首を振った。

「いや、なにも。今まで通りなんにも覚えてねえよ」
「……? じゃあ、なんで」

そんなに清々しい、後ろ髪を引かれているような感情が一切見られない顔をしているんだろうか。
静雄は切れた言葉で大体の意味を理解したのか、眼を伏せて微笑んだ。

「臨也に全部聞いた」

顔を上げて静雄を見つめても、彼は目線を逸らさなかった。驚いたのは内容ではなく、淀みなく「臨也」と発音した所。ああ、なんだ、記憶が無くなっても、静雄は折原を好きになってしまったのか。

「おめでと、さん。……って言えば良いのかな」

限りなく見栄を張って、祝福を言葉にする。だが静雄はまたもや首を横に振る。

「俺は……臨也が好きなのかもしれない」
「……かもじゃなくて、そうなんだよ。静雄は折原にベタ惚れだったし、折原も静雄をすっげー大事にしてた。俺が割って入る隙間なんて、全く無かったんだよ」

だからこそ、焦がれたし、惹かれた。自ら二人の絆の深さを吐露する俺に、静雄は少しだけ困ったような笑みを浮かべて、言葉を選んでいた。

「だけど……」
「ん……?」
「……千景も、好きなんだ」

俺はゆっくりと顔を上げた。暫く見つめあって、互いの心情を読み取ろうとする。やがて、場違いに噴出した俺は肩を震わせながら笑った。初めて静雄の口から俺への好意を歌われた事に、情けない告白をされた事に。

「両天秤かよ」
「悪いか。……俺の記憶が戻る保障なんてねえけどよ……俺は今、自分の気持ちに正直になったら……お前も、臨也も、俺の大事な奴なんだな、って、思う。でも、恋愛感情として好きなのかは……やっぱり判んねえ。これは、二人に言える事だ」

恋愛としての好き、友情としての好き。今までは、それがはっきりしていた。静雄が俺を「六条」と呼んでいた頃、新しく出来た友人の俺を、あいつは好きだったんだ。
静雄はまだ言葉に迷いを覚えながらも、ゆっくり話してくれた。その声は、このひと月の間でも、最も落ち着いて、澄んでいて。

「千景と、臨也の……どっちが好きなんだ、って聞かれたら、答えられない。お前と居ると……凄く気が休まるから……でも臨也と居ると、身体が熱くなって、心細くなる……ような、感じなんだ」
「……静雄はやっぱ、記憶が無くても、折原の事が好きだった事を覚えてるんよ。きっとな」

何処か、自分でも情けないと思うくらいに寂しそうな声で言ってしまった。静雄はどうなんだろう、と戸惑ったような表情を見せる。だけど、俺としては嬉しい事だった。条件は五分になったんだ、俺に卑怯な手は向いていない。正面から、静雄を振り向かせてみせる。あの男との静雄の取り合いは今からなのかもしれない。

「静雄」
「うん?」

今まで俺が首を痛めて見上げていた体勢だったのを変え、すっと立ち上がる。微笑みながら、とても優しい声で返事をくれた静雄。あんなに酷い事をして、言ったのに。強い幸福と喜びを溢れさせ、俺は静雄を抱き締めた。罪悪感も、遠慮も、後ろめたさもない、純粋な感情を乗せて。

「好きだ」

初めて静雄が俺の背中に腕を回してくれた。俺の心音を、高鳴る音を静雄は気付いているのだろうか。どうか気付いて欲しい。俺はあんたが欲しいんだ。そして耳元で、静雄は今までそう告げた時とは違うはっきりとした言葉を俺にくれた。


「ありがとう」


好きよりも、愛してるよりも。この台詞が、今の俺に一番響くこと。静雄は、きっと知っていたんだ。
抱擁の余韻を楽しんで額を合わせ、笑いあう。キスはしない。まだ、しない。

「……じゃあ、俺、帰るわ」

静雄はそう言い、俺の腕から離れる。帰る、の意味が判らずに首を傾げると、何処か照れ臭そうに顔を染めた。

「此処に来て良い条件が、臨也のとこに戻るって事だったんだ。……待たせてるからさ」

視線が向けられた方は玄関。あの男が外に居ると理解した俺はちょっとした苛立ちに包まれたんだが、顔には出さない。静雄は扉を押し開けて、金髪が朝露に溶けていく。電信柱の下で携帯を弄りながら佇んでいた折原の元に駆けていく静雄を見送り、折原の笑顔が見たくないのでそのまま部屋に逆戻りしようとした俺に声がかかった。勿論、静雄のものだ。

「千景!」
「?」

朝陽に照らされた俺の恋人は笑いながら手を振っていた。

「ありがとな!」

隣の折原が極めて面白く無さそうな顔をしたのに気を良くして、俺もまっすぐな笑みを浮かべて思い切り手を振った。

「ちょっとシズちゃん、あんまり笑顔振り撒かないでよ」
「はあ? 何言ってんだお前」

折原の手が静雄の手を取って駅の方へ向かっていく。二人の後ろ姿を見ながら、晴れ晴れしい想いで俺は振っていた手を拳に変えた。力強く、静雄への感情を込めて。二人とは正反対の方向へ歩きながら。強く、つよく。


「俺たちは全員、嘘吐きだったんだな」





 三種三様。
   (ぼくらはうそつきなこいびと。)

嘘吐きラバー 了

作品名:嘘吐きラバー 作家名:青永秋