恋に気づいた夜
池袋の最強の男・平和島静雄が恋心というものを自覚したのはおそらくあの夜からだったのだろう。
あの夜は、雨が降っていた。取り立ての仕事を終え、事務所に戻る途中でいつもとは裏路地を歩いていたら、通り魔が俺ではなくトムさんに向かってナイフを向けてきた。そりゃ俺は恨みを買いやすい。だからとはいえ、トムさんに向かうなんて卑怯だ。あん時は頭より体が動いちまって・・きっとトムさんを守らなきゃと無意識に考えたからかもしれない。俺は、気がつくと裏路地の地面に転がっていた。今思えばその通り魔がいつものとは違う事に気がつかなかった・・・いや気がつけなかったのかもしれない。
「おい、静雄。大丈夫か!」
どうやら足の太ももを刺されたようだが、いつもなら起き上がる体が起き上がらない。むしろ痛い。
意識を失っていた間、通り魔の姿はなくその場には俺を刺したナイフがあった。
「・・・痛ぇ、すごく痛いです。いつもならボンドとかで直せる程度の傷口なのに」
確かめるように太ももに触れてみると、痺れてままならない。痛覚は鈍いはずなのに。
「あー・・俺の家近いし、社長に連絡して今日の分は朝一に持ってきますって言っとくから、今日泊ってけよ。」
「・・うす」
トムさん家に泊るのは初めてだった。外泊は高校時代に新羅の家で定期試験の勉強会をした時が最後だったな。そもそも友人の家に泊るという特別な行為自体は大人になるとあまりしない。さらに働くようになってからは職場を転々としてきたから指で数えられる程度の友人や家族とも疎遠になっていたな、確か。あとで新羅にナイフについて連絡しねぇと。
朦朧とした意識の中で鋭利ではない小柄なサイズのナイフをポケットに仕舞い、静雄は覚束無い足取りで立ち上がった。
トムの家はこの土地では珍しい所謂3LDKのマンションの一室にある。社長の顧客の一人が土地持ちで担保としてマンションを引き取ったため、事実上社員寮に近い代物なのだ。静雄は普段の服装や性格上部屋がどんなものかと思っていたが中に入るとシンプルに片付けられ、デスクには持ち主の趣味が伺えるCDラックとパソコンが置かれていた。三つのうち、ひとつの部屋には何も置かれておらずがらんとしていた。
「とりあえずここ使ってくれ。俺救急箱とってくっから」
救急箱、とトムが呼んでいるものは恐らく元彼女が置いていったものなのか可愛らしいキャラクターがプリントされているコンパクトサイズの箱にガーゼをはじめ簡易的な応急処置が出来る位のものが入っていた。
「ちっと痛むかな・・・って、これ気になるか?」
相手の気持ちを察したのか少し穏やかな表情になりながら、トムは応急処置を静雄に施していく。
正直、傷よりも胸が痛い。トムさんの彼女ってどんな人なんだろうか。俺が一緒に仕事始めたときに忙しくなって逢えなくなったって前飲んだ時に言っていたっけ。あのときは仕事の付き合いだけだったから彼女に迷惑をかける程度の仲ではなかったはずだ。なんだ、これもやもやする。
「トムさん、俺。・・・傷が治ってきたんで帰ります」
「おい、顔色すごく悪いぞ。今日は泊って行けって」
傷の痛みなのか心の痛みなのかわからないが、とにかくトムさんに迷惑をかけてはいけない。明日にはこんな軽い傷塞がるだろうし・・
静雄は帰ろうと立ち上がるも、それはつかの間のことで、バタンと大きな物音を立てて床に伏せてしまった。
あの夜は、雨が降っていた。取り立ての仕事を終え、事務所に戻る途中でいつもとは裏路地を歩いていたら、通り魔が俺ではなくトムさんに向かってナイフを向けてきた。そりゃ俺は恨みを買いやすい。だからとはいえ、トムさんに向かうなんて卑怯だ。あん時は頭より体が動いちまって・・きっとトムさんを守らなきゃと無意識に考えたからかもしれない。俺は、気がつくと裏路地の地面に転がっていた。今思えばその通り魔がいつものとは違う事に気がつかなかった・・・いや気がつけなかったのかもしれない。
「おい、静雄。大丈夫か!」
どうやら足の太ももを刺されたようだが、いつもなら起き上がる体が起き上がらない。むしろ痛い。
意識を失っていた間、通り魔の姿はなくその場には俺を刺したナイフがあった。
「・・・痛ぇ、すごく痛いです。いつもならボンドとかで直せる程度の傷口なのに」
確かめるように太ももに触れてみると、痺れてままならない。痛覚は鈍いはずなのに。
「あー・・俺の家近いし、社長に連絡して今日の分は朝一に持ってきますって言っとくから、今日泊ってけよ。」
「・・うす」
トムさん家に泊るのは初めてだった。外泊は高校時代に新羅の家で定期試験の勉強会をした時が最後だったな。そもそも友人の家に泊るという特別な行為自体は大人になるとあまりしない。さらに働くようになってからは職場を転々としてきたから指で数えられる程度の友人や家族とも疎遠になっていたな、確か。あとで新羅にナイフについて連絡しねぇと。
朦朧とした意識の中で鋭利ではない小柄なサイズのナイフをポケットに仕舞い、静雄は覚束無い足取りで立ち上がった。
トムの家はこの土地では珍しい所謂3LDKのマンションの一室にある。社長の顧客の一人が土地持ちで担保としてマンションを引き取ったため、事実上社員寮に近い代物なのだ。静雄は普段の服装や性格上部屋がどんなものかと思っていたが中に入るとシンプルに片付けられ、デスクには持ち主の趣味が伺えるCDラックとパソコンが置かれていた。三つのうち、ひとつの部屋には何も置かれておらずがらんとしていた。
「とりあえずここ使ってくれ。俺救急箱とってくっから」
救急箱、とトムが呼んでいるものは恐らく元彼女が置いていったものなのか可愛らしいキャラクターがプリントされているコンパクトサイズの箱にガーゼをはじめ簡易的な応急処置が出来る位のものが入っていた。
「ちっと痛むかな・・・って、これ気になるか?」
相手の気持ちを察したのか少し穏やかな表情になりながら、トムは応急処置を静雄に施していく。
正直、傷よりも胸が痛い。トムさんの彼女ってどんな人なんだろうか。俺が一緒に仕事始めたときに忙しくなって逢えなくなったって前飲んだ時に言っていたっけ。あのときは仕事の付き合いだけだったから彼女に迷惑をかける程度の仲ではなかったはずだ。なんだ、これもやもやする。
「トムさん、俺。・・・傷が治ってきたんで帰ります」
「おい、顔色すごく悪いぞ。今日は泊って行けって」
傷の痛みなのか心の痛みなのかわからないが、とにかくトムさんに迷惑をかけてはいけない。明日にはこんな軽い傷塞がるだろうし・・
静雄は帰ろうと立ち上がるも、それはつかの間のことで、バタンと大きな物音を立てて床に伏せてしまった。