Shall We Dance
「ダンス」
「ダンス?」
「ああ」ボブは短い髪をかきむしった。「……クソ。ワンツー、言っとくけど、訊いたのはお前なんだからな」
「ダンスってあのダンスか?」
「……どのダンスだ?」
「どういう意味だ?」
「お前こそどういう意味だ。ダンスはダンスだろ。二人で向かい合って踊るやつだ」
ワンツーはぽかんと口を開けた。どんなえげつない要求が出てきても(呑むか呑まないかは別として)カッとなって罵倒せずにいられるよう覚悟はしていたのに、ダンスだと? プロムの相手が見つからない高校生じゃないんだからもっとマシなことが言えただろうに、ダンスだと? 一体どんなダンスだ? ベッドの上でってことじゃないだろう? 手と手を取り合ってフロアをくるくる回るのか? 三十オーバーのむさくるしい男同士で?
何抜かしてやがる。
オカマ野郎と言いたくなるのをぎりぎりで抑え、肺中の息を吐き出し、ハンドルに顔を伏せた。それならいっそやりたいと率直に求められた方がよかった。応じるつもりはさらさらないが、そっちだったら問答無用で一蹴できた。ダンス。五年の懲役を食らう親友――親友だった、と過去形にするべきなのかもしれない男――が最後の夜にそう望むなら、叶えてやれなくもない行為だった。だって俺たちはワイルドバンチなのだ。いつだって助け合ってきた(多分)。しかし喜んで叶えてやりたいかというと、そんなことは決してなかった。全然なかった。だって俺はゲイじゃない。
「……とにかく車を出せよ」
呼吸を整え、ワンツーはアクセルを踏み込んだ。しかしどこへ向かえというのか。ボブがコカインもストリッパーも望んでいない以上、あいつらには勝手にやっといてもらうしかない。電話をかけると、マンブルスは不思議そうに、けれど次の瞬間には上機嫌になって、オーライこっちは勝手にやるさと言ってよこした。その言葉尻に女の声が被さった。オーライもオーライ、順調すぎて羨ましい。
お互いそっぽを向いたまま会話もなしで、夜のロンドンを適当にぐるぐる回った。突然の告白に驚き怒っているふりをしていたが、貴重な最後の夜が無為に過ぎていく中ボブがどんな思いでいるのか、ワンツーはそればかりが気になって仕方なかった。明日のこの時間、こいつは間違いなく刑務所にいるのだ。そして五年間出てこれない。薄汚いドブネズミのせいで、クソみたいな五年を送るのだ。
信号ごとにちらちら助手席を伺っていたら、何度目かでついに目が合った。ボブはさっきのように呻いたり嘆いたりしなかったが、堅く瞼を閉じてため息をついた。どうすればいいのだろう、って? どうしようもない。ワンツーには、彼のために重い口を開くより他の選択肢が、完全になかった。
「……どこ行きゃいいんだよ」
「は?」
「手前はダンスがしてえんだろうが!」決心が変わらないうちにまくしたてた。「どこの地獄に行きゃそのファッキンダンスができるんだって聞いてんだよ! さっさと言わねえとぶっ殺すぞ! スリー、ツー、ワン!」
「ワンツー」今にも泣き出しそうってほどではなかったが、あまり歓迎すべきでない感情がこもっていた。「お前――」
「何も言うな。言っていいのは行き先だけだ」
ボブはバカではなかった。早口で告げられたその場所へ、ワンツーは苦虫を噛み潰したような表情で車を走らせた。実際喉の奥に苦いものがこみ上げていた。
それから車を降りるまで、恋人めいた視線の交錯だとか浮かれたジョークの応酬だとかは、一ミリもなかった。誓ってなかった。
「ダンス?」
「ああ」ボブは短い髪をかきむしった。「……クソ。ワンツー、言っとくけど、訊いたのはお前なんだからな」
「ダンスってあのダンスか?」
「……どのダンスだ?」
「どういう意味だ?」
「お前こそどういう意味だ。ダンスはダンスだろ。二人で向かい合って踊るやつだ」
ワンツーはぽかんと口を開けた。どんなえげつない要求が出てきても(呑むか呑まないかは別として)カッとなって罵倒せずにいられるよう覚悟はしていたのに、ダンスだと? プロムの相手が見つからない高校生じゃないんだからもっとマシなことが言えただろうに、ダンスだと? 一体どんなダンスだ? ベッドの上でってことじゃないだろう? 手と手を取り合ってフロアをくるくる回るのか? 三十オーバーのむさくるしい男同士で?
何抜かしてやがる。
オカマ野郎と言いたくなるのをぎりぎりで抑え、肺中の息を吐き出し、ハンドルに顔を伏せた。それならいっそやりたいと率直に求められた方がよかった。応じるつもりはさらさらないが、そっちだったら問答無用で一蹴できた。ダンス。五年の懲役を食らう親友――親友だった、と過去形にするべきなのかもしれない男――が最後の夜にそう望むなら、叶えてやれなくもない行為だった。だって俺たちはワイルドバンチなのだ。いつだって助け合ってきた(多分)。しかし喜んで叶えてやりたいかというと、そんなことは決してなかった。全然なかった。だって俺はゲイじゃない。
「……とにかく車を出せよ」
呼吸を整え、ワンツーはアクセルを踏み込んだ。しかしどこへ向かえというのか。ボブがコカインもストリッパーも望んでいない以上、あいつらには勝手にやっといてもらうしかない。電話をかけると、マンブルスは不思議そうに、けれど次の瞬間には上機嫌になって、オーライこっちは勝手にやるさと言ってよこした。その言葉尻に女の声が被さった。オーライもオーライ、順調すぎて羨ましい。
お互いそっぽを向いたまま会話もなしで、夜のロンドンを適当にぐるぐる回った。突然の告白に驚き怒っているふりをしていたが、貴重な最後の夜が無為に過ぎていく中ボブがどんな思いでいるのか、ワンツーはそればかりが気になって仕方なかった。明日のこの時間、こいつは間違いなく刑務所にいるのだ。そして五年間出てこれない。薄汚いドブネズミのせいで、クソみたいな五年を送るのだ。
信号ごとにちらちら助手席を伺っていたら、何度目かでついに目が合った。ボブはさっきのように呻いたり嘆いたりしなかったが、堅く瞼を閉じてため息をついた。どうすればいいのだろう、って? どうしようもない。ワンツーには、彼のために重い口を開くより他の選択肢が、完全になかった。
「……どこ行きゃいいんだよ」
「は?」
「手前はダンスがしてえんだろうが!」決心が変わらないうちにまくしたてた。「どこの地獄に行きゃそのファッキンダンスができるんだって聞いてんだよ! さっさと言わねえとぶっ殺すぞ! スリー、ツー、ワン!」
「ワンツー」今にも泣き出しそうってほどではなかったが、あまり歓迎すべきでない感情がこもっていた。「お前――」
「何も言うな。言っていいのは行き先だけだ」
ボブはバカではなかった。早口で告げられたその場所へ、ワンツーは苦虫を噛み潰したような表情で車を走らせた。実際喉の奥に苦いものがこみ上げていた。
それから車を降りるまで、恋人めいた視線の交錯だとか浮かれたジョークの応酬だとかは、一ミリもなかった。誓ってなかった。
作品名:Shall We Dance 作家名:マリ