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Shall We Dance

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 ボブを送り届けて自宅に帰り着いた頃には東の空が白みはじめていた。放っておいたら頭の中で変な具合に発酵していきそうな雑念を、追い出すためにヘッドホンをかぶった。どんなにボリュームを上げてもしかし、メロディーもシャウトも入って抜けていくだけで、音に集中しようとすればするほどただの背景と化し、くっきりと浮かび上がってくるのは――あれだ。詳しい描写は避けるが、記憶から消し去りたい諸々である。
 ボブそのものを消し去りたいんじゃない。ボブとは長い付き合いだし、あいつは基本いいやつだ。ボブがゲイってことを忘れたいのでもない。ゲイだろうとバイだろうと好きにすればいい、そんなのはいくらだっている。さっきも言ったようにムショにはやたらと多く、ハンサムボブなら相手には困らないだろう。ただし、俺を巻き込むのはだめだ。俺以外にしといてくれりゃあ問題はなかった。なのに何で俺だったんだ? マンブルスでもクッキーでもなくて?
 五年、とボブは言った。五年もぶちこまれたら、どうなっちまうか分からない。それでダンスを求められたわけだが、あのファッキンダンスで事態が改善されたのか、俺には分からない。最初から何もなかった方がよっぽどよかったんじゃないかと思わずにいられない。いくら五年の懲役を食らったって、永遠じゃない。五年経てば戻ってくる。どこに? もちろんここにだ。なのに、こんなんじゃ面会にだって行けない。明日は言わずもがなである。あんなダンスをした後で、奴と顔を合わせるのなんかごめんだ。想像するだけで――
「――ファック」
 やめよう。自分を虐めても仕方ない。明日はパスだ。時代錯誤のカツラをかぶったクソジジイたちを見物してても仕方ない。しばらくはパスだ。マンブルスとあいつの母親に任せよう、その方が心が休まるに違いない。お互いが忘れた頃に行ってやればいい。しばらくかかるかもしれないが。
 まあ最終的に出てくるのは五年後だ。五年経てば気も変わるだろう。久しぶりに女をほしがるかもしれないし、そしたらストリッパーでも何でも呼んで、俺も何事もなかったかのごとく接するのだ。過去をほじくりだすような真似など、キスなんかもってのほか、論外中の論外である。
 五年ある――幸いにも。
 十分かどうかは経ってみないと分からないが。

 夕方近くなってようやく部屋を抜け出した。スピーラーへ顔を出すと早速、裁判に来なかったじゃねえかとちくっと刺された。友達の葬式だっつうのに、情が深いとは言えねえなあ。昨日の今日だからかやけに気に障った。極めつけはフレッドのこれだった。
「皆来ていたんだぞ。お前以外は。ただなあ」カードを切りながら、「俺は思ったんだが、ボブが会いたかったのは他の誰でもなく、お前だったんじゃないのか、ワンツー?」
 含みがあるってレベルじゃなかった。あからさまにすぎた。
「どういう意味だ、おい?」俺はテーブルに新聞を叩き付けた。「何なんだ? 何が言いたいフレッド?」
「おいおい待てよ、どうした」とクッキーが割って入った。「落ち着けって。俺たちは皆知ってるさ、お前がどんだけボブを愛してたか」
「『愛してた』?」
 そこでラブを使う必要性は全くない。微塵もない。単なる友人に対してラブだなんて例えここが神の国であっても滅多に言わない。だから俺がボブに対してその単語を用いることはない。なのにだ。
「愛してただと? どういう意味だ? はっきり言えこのクソ――」
 後ろからぱっと目を覆われた。
「誰だと思う」
 誰だって?
「…………」
 そいつが誰なのか。
 決しているはずのない、そしてもっとも会いたくない人物の声であることが瞬時に、手をどけられる前に分かった。信じたくなかったが、気付かずにいられるほどバカではなかった。
「検察が書類を失くしやがった。俺は自由の身、裁判は終わりだ」
 そう言って、ぎゅっと上腕を握ってきた。喜べよ、とでもいいたげに弾んだ声をしていた。喜べよ、仲間がぶちこまれずに済んだんだぞ。ハッピーでラッキーでファンタスティックじゃねえか。
 ああ?
 ――そうかお前は喜んでるのか、そうだな、そういう捉え方もあるかもしれないな。見ようによっちゃあハッピーエンディングにも見えなくはないし、いくつかの事実がなかったなら俺だって素直に喜んで、おい何て悪運の強え奴だお前は、と勢いでハグまでしたかもしれないな。ありえなくはない。ありえなくはなかった。しかし全部仮定の話だ。
 誰かにもう一度目隠ししてほしかった。その間にボブを見えないところに追いやってもらって、俺は幻聴と幻覚を見たことにして、どこかへ高飛びして、五年経つまで帰ってこない。
 俺以外の皆が笑っていた。
 ボブを思い切らせたのが五年という歳月であったならば、俺を押し流したのもそれだった。三百六十五日×五。計算はしたくない、頭痛がひどくなるから。とにかくあんまりだった。
「――五年間」
 声にならなかった。
 あったはずの五年間は、どこへ行ってしまったのだ。
作品名:Shall We Dance 作家名:マリ