伝説のエリシアン6章7章【※腐向け注意】
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この部屋へ上がるのは何度目だろう。
ここで待っていて下さい、と言われて座布団に腰を落としてからかなりの時間が経つ。
イギリスは見慣れはじめた天井をぼんやりと見上げながらなにを考えるでもなく浮かんでくるままにあれこれと思いを巡らしていた。
日本家屋。いかにもあいつらしい建物だよな。
質素なようで高品質な材料をふんだんに使い、自然のままのようで実は計算され手入れされている庭園や露天風呂を備え、客人が酔っぱらえばベッドもなかった居間に布団が敷かれて寝室に早変わりする。そんな手品のような日本の家は、「これが忍者屋敷だ」と言われれば信じてしまいそうなくらい見た目では判らない高機能ぶりだった。
できないのではなくて、敢えてやらないのだと、
持てないのではなくて、敢えて持たないのだと
そういう生き方があるのだということを知ったのは、実はこの家に通うようになってからかもしれない。
そもそも、パンなんて食いモンが日本の家にはなかったわけで。それをあいつは短い期間に取り入れたわけで。
最近になってちょっと日本の食への株が高いからと言って、安易に頼ってしまって良かったのだろうか……
今日はパン作りを実際に練習しようということで、日本の家に来たわけだが。
そしてそれはもちろん、会場により近い場所の方が、本番での温度や湿度といった条件に慣れることができるだろうという読みがあったのだが、残念ながら、ここの家と会場となる北海道とでは全くと言っていいほど気候が違うとかで、日本に謝られてしまった。
当日の会場の近くを借りましょうか、とまで気を遣わせてしまったのが申し訳なかったのもあるが、日本が普段暮らしているこの家に、奴の日常生活の空間に、自分の身を焼き付けてていきたいのかもしれない。写真のように。
今、台所を借りるに当たって、「散らかっていて恥ずかしいので少し片付ける時間を下さい」と言って日本は茶菓子と緑茶とこの俺を置いて行ってしまった。
玄関の三和土でフランスの野郎と口論してこの部屋に上げられ、電話ごしの中国とフランスとのくじ引きで当たりを引き当てたのはついこの間のことだ。
あれから俺が毎日のように呼び出しているから、日本もろくに気が休まらないだろう。
ふと目に入った籐のくずかごに日本がどんなものをどんなふうに使って捨てているのだろうかと好奇心をくすぐられてのぞき込んだ目が見覚えある白いこよりを捉えた。
「この間からこの部屋を使ってないのか……。」
焦げ茶色の籐のくずかごには、自分たちが引いた使用済みのこよりたけがイギリスを見上げている。
縒られた白い部分とわずかに先の赤く染まった部分とが、あたかも日本のはためかせる日の丸にも似て見える。
捨てられたゴミであるはずなのに、よじれながらも可愛らしくすら見えてくるこより達を、イギリスは眺めるともなしに眺めていた。
……何かが引っかかる。
引っかかったまま、それでも何に引っかかるのかわからないまま、どれくらい経っただろうか、
「いっ、イギリスさん!」
大声にビクリとして振り向くと、部屋の入り口にいつになく慌てたそぶりの日本が立っていた。
「どうした、何かあったのか」
「えっ……?」
作品名:伝説のエリシアン6章7章【※腐向け注意】 作家名:八橋くるみ