伝説のエリシアン6章7章【※腐向け注意】
なんだ?
まるでイギリスの態度が意外だとでも言うかのような反応。
さらには、いぶかしむ隙を与えまいとするかのように、言葉を継ぐ違和感。
「い、いえ。……準備が。その、準備がととのいましたのでこちらへ。」
「あ、ああ」
こんなに近い距離で、あんな大声で話す日本など見たことがない。
イギリスは戸惑いながら急いで理由を考えた。
ひょっとして、くずかごの中を見られたのが嫌だったのだろうか。たしかに誰だって自分のいない間に部屋を物色されたりしたら嫌だろう。それが一番考えられる理由だ。
謝ってしまおう。だが、慣れないことをしようにも、どう切り出していいのかわからない。言い出せないまま、無言の時が刻々と過ぎていく。
しびれを切らしてか、日本の方から、イギリスに言葉をかけてきた。
「あの客間はしばらく使っていませんでしたし、手入れも不行き届きで、お客様に使っていただくには申し訳なかったかもしれませんね。」
―お客様―。
イギリスの胸がズキリと痛む。
何度も電話で話して、何度も郵便を送り合って、何度も二人で出かけて、せっかく友達になれそうだと思ったのに、こんなところで突き放されてしまったのか。たった一人で駈け出してしまいそうな思いを抑えながら、時間をかけて一歩ずつ、少しずつ、温め育ててきた友情だったのに。
あと一歩だけ親しくなりたいと、欲をかいてしまったばっかりに――。
ほとんど泣きたい気分に陥っていたイギリスの前に、明らかに雰囲気の違う空間が現れた。
日本の家の台所。
普通ならば客人には見せることのない、裏方の顔つきをした、壁、床、道具、その場にたゆとう光――すべてが日本の體から放たれた影絵のようだった。
この部屋へ、また入れてもらうことができるだろうか。
日本の声がイギリスを現実へ引き戻す。
「……くずかご……」
イギリスが日本を見る。
すぐ横に立ち、前を向いたままで話している日本の表情は、少しだけ背の高いイギリスからは黒い前髪が邪魔でよく見えない。
「ご覧になったんですか。」
やはり捨てたものを詮索されて怒っている…んだよな…?
言い訳はできない。完全に、そう、完全に個人的な興味で、日本が捨てたものを見たかった。もしも何かが入っていたら、自分の知らない日本の普段の生活が垣間見える気がして、あの時あのくずかごへと自分は近付いていったのだ。
「わ、悪かった!」
イギリスは日本の方へ体を向けると思い切り頭を下げた。日本流の礼儀作法はよく分からないけれど、それが、最大級の謝罪の姿勢のようにかつて見えたことがあったからだ。
気が済むまで頭を下げていよう。いくら諜報マニアだとは言っても、自分の都合でパン作りの相棒を頼み、特訓会場として自宅の台所まで開放してもらって、挙げ句に人の捨てたものを盗み見るなんて、全く恩を仇で返すような行為だ。
こんなことで失いたくない。日本との友情も、せっかく手に入れたパン焼き競技の協力の約束も。
頭上からは日本の低く不機嫌な声がきっと俺を責める筈だと覚悟して待ち構えているイギリスの耳に、聞こえてきたのは全くもって色の異なった戸惑いの声だった。
「え、ちょっと、どうしたんですかイギリスさん、顔を上げて下さい!」
「え?」
「え……??」
「日本、怒ってるんじゃないのか……?」
「イギリスさんこそ、怒っていらっしゃったのでは……?」
「……え??」
さっきから二人して幾度この「えっ」という間の抜けた声をあげ続けているのだろうか。
探るようにも縋るようにも見える様子で、日本は言った。
「ずっと黙り込んでらっしゃいましたし、話しかけてもお返事もいただけなかったので、すっかり」
「あっ……そ、そうか。いや、そういうわけじゃ……」
「中に入っていたものを、ご覧になったのではないんですか」
イギリスがきょとんとした顔をする。
日本は心の中まで探ろうとするかのようにイギリスの顔をじっと見た。
作品名:伝説のエリシアン6章7章【※腐向け注意】 作家名:八橋くるみ