あいかわらずな僕ら
滝の言葉を肯定するように、樺地の低い声が聞こえる。
―――ああ、でもゴタゴタしたけど全員揃ったじゃねえか。丁度いいからさっさと録音しちまえ。
―――ほな俺か
―――俺ですね。……部長、一年間お疲れ様でした。
宍戸の言葉にまたでしゃばろうとした忍足を、ナチュラルに鳳が制した。普段は物腰の柔らかい控え目な後輩だが、こういう場面では抜け目のない行動を取る。忍足にはない美点であった。
―――部長に鍛えられたこの一年は、全部自分の体に身に付いた財産だと思ってます。辛い時もあったけど、あなたが何時も前に居るということがどれだけ励みになったか知れません。テニスを教えてくれたのが跡部部長で良かった。ありがとうございます。鳳でした。
「……鳳」
―――それじゃ次は僕。……跡部、お疲れ様。僕は三年間君を見てきたけど、君はどんなことがあっても一度だって弱音を云ったことはなかった。一年の時から今までずっと僕達の前を歩き続けたその強い心を、僕はいつも凄いと思ってた。そんな君だから、みんな付いてきたのだと思う。君と一緒にテニスができて良かった。滝萩之介。
―――じゃあ三番手向日岳人いきます!……まあ跡部、部長職完遂おめでっとう!そんでお疲れさん。おまえのしごきには正直泣かされたけど、今となればそれも良い思い出だよな。オレも前よりは大分持久力付いたし、その内追い越してやるんだから!待ってろよ。
―――……ガックン、それは身長の話なん?
―――!ゆ、侑士なんか大嫌いだー!
―――もう忍足、頼むからお前は黙ってろ。じゃ、次はオレな。……あー…、てか、今更改まって云うことなんざないんだよな……。えーっと、そうだ!おい跡部、数学のノート貸してくれ。
―――アホかっ!そんなん休み時間にでも直接云えや。なんでわざわざこないなもん使うて頼んでんねん。
―――しょうがないだろ、今思い出したんだからよ。オレ、明日あたるんだよな。答えらんなかったらマジやべぇ。
―――知るかぁっー!
―――まあまあ、それも宍戸らしくていいじゃない。で、樺地、君も何かいいなよ。
―――……ウス。
―――それだけかいっ。……まあ、跡部には伝わっとるんやろうけど。
―――ハイハイハーイ。大トリはおれね!もうみんな長いから待ちくたびれて寝るとこだったよ。……えへへー跡部聞いてる?おれジローだよ。跡部だいすき!また一緒にテニスしてねー。
―――なっ!ジロー何勝手に跡部に云っとんねん。お前には口酸っぱくして何べんも云うとるけどなあ、跡部は俺のもんなんやからことあるごとにまとわりつくん止めえや!
―――えー…やだ。忍足心せまーい。おれだって跡部好きなのにー。
―――慈郎ってほんと跡部贔屓だよな。なんで?
―――んー、だってあんなにテニスも性格も面白い奴って滅多にいないよ?一緒にいて楽しくないとダチなんてしないでしょ。岳人は違うの?
―――まああえて否定する気にはならねぇな。
―――でしょ?それに跡部は優しいよ。あと、跡部とテニスするのも楽しいから大好き!……と、云うわけで忍足ぃ。
―――な、なんや……。
―――跡部はおれのとても大事な友達なんだから、もしこの先泣かせることがあった時は。
―――時は……?
―――殺すよ?
慈郎の明るい声音とは裏腹な物騒な台詞に、跡部は固まり、スピーカー越しにも厭な沈黙が流れた。
―――……コワッ!慈郎コワッ。笑顔なのが余計怖い!
―――いやあ、跡部愛されてるねぇ。忍足や慈郎だけでなくみんなから。忍足は苦労するよ。
―――おい滝、妙なこと云うなよ。オレは跡部なんか好きじゃないっつの。
―――またまた、そんなこと云って。実は宍戸さんの方が一番気に掛けてるくせに。
―――なっ!
―――さすがパートナー、宍戸のことよく判ってるじゃん。
―――ウス。
―――いやあそれほどでも。宍戸さん、思考と感情表現がザルですから。
―――長太郎っ!
―――まあまあ宍戸落ち着いて。と云う訳で跡部、なんか締まらないけど向こうで忍足と慈郎固まってるからこっちだけでしめさせて貰うよ。このメッセージを聴き終ってようやく君の最後の務めが終るんだけど、まだまだこれで終りじゃないよ。今度は別の場所で新しく始まるんだ。これからも、みんなで。だから……、
―――高校でもヨロシク☆
最後は全員が――二人は除く――合わせた一声を最後に再生は終わった。
跡部は俯きがちに聴いていた顔を上げ、静かに停止ボタンを押す。口許には、綻ぶ口端を噛み潰すように歪められていたが、一つ呆れたような息を吐いてそれを解く。
浮かぶは困ったような、諦めたような、嬉しいような複雑な感情であったが、優しく細められた眼が素直な気持ちを表していた。
「この先まだ面倒掛けられるなんざ、こっちからお断りだぜ」
表情ほどに素直でない唇から溢れた言葉が、暖かい静寂の中に、コトリ、と落ちた。