二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

Don’t Look At Me

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 

 ――――この状況をどうしよう。
 無人の生徒会室で、
 逃げ道塞いで微笑んでいる。
 この状況をどうしよう。




 ことの起こりは、実に瑣末な出来事であった。
「明日から十日間、会えねえから」
 と、跡部が徐に告げたことから始まる。
「十日もっ?何でやねん」
 しかし忍足にとっては、この上ないほどの死活問題である。何せ、たった一日会えないだけでも 夢に見るほど恋しくて切なくなるのに、それが十日もだなんて。精神的にも肉体的にも耐えられない。確実に途中でおかしくなる自信が忍足にはあった。
 跡部は、必死で「絶対厭や!」とアピールする忍足を軽く流しながら、
「家の都合だな。親父の代理で襲名記念パーティーに顔を出さなきゃならねえことになった」
「そんなんやったら一日で済む話やんか。なんで十日やなんて」
「パーティー自体はな。だがその主催が家と懇意にしてる相手で、パーティーが終わっても暫くの滞在を勧められている」
 滑らかに澱みなく説明する跡部に不審なところは見られない。一応会えないことの理由は理解できた。が、納得はできない。
「それにしたって十日は長すぎやろ。せいぜい三日くらいでええやんか。あんまり長う居たら相手さんにも迷惑やで」
 口では良識的なことを云っているが、忍足の表情は不満たらたらである。頬を膨らまし、唇を尖らせ、絵に描いたような不貞腐れた態度で子供のように嘯いた。しかし。
「ああ、国内じゃねえからな。ドイツに行くんだ、行って帰る時間を考えれば、そんなもんだろ」
「ドイツ?」
 こともなげに――忍足にとって――重大なことを軽く云われ、危うく聞き流すところだったが、日本ですらないなんて、これでは手も足も出せないではないか。
 一人愕然とする忍足の頭を、跡部は慰めるようにぽふぽふと撫でながら、何時もは滅多に見せない慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、
「良い子で待ってればご褒美やるよ」
 と、ダダをこねる子供を宥める父親のようなことを云う。
「うー…」
 納得はできない。できないが、これ以上云っても跡部を困らせるだけである。こういった事情は彼の一存でどうこうできる問題ではないからだ。
 忍足は低く唸りながらも、仕方なく、本っっっ当に渋々と承知したのであった。
 それが今から六日前のことである。




「あーうー……。跡部ぇー…」
 氷帝学園中等部には現在、怪しい人影が構内を徘徊しているのを多数が目撃し、ちょっとした話題となっている。
「ほんと面白ぇぐらい日に日にやばくなって行くよな……」
 その怪しい人影を遠巻きに眺めつつ、宍戸はぼそりと呟いた。
「もうマジ、シャレにならないんだけど。こないだなんか禁断症状で、授業中いきなり叫び出して大変だったんだから!」
「ああ、やっぱあの絶叫ってあいつか。居眠りしてたら『跡部ー!』ってすげえ声するから何事かと思ったぜ」
 びっくりして飛び起きちまった。
 からからと楽しそうに笑う宍戸を、岳人は恨めしそうに睨む。宍戸の視線を追って見る先には、明らかな死相が出ている忍足が居た。そう、最近話題の怪しい人物とは忍足のことである。今もふらふらと構内を彷徨っては、居もしない跡部を探し回っていた。
「他人事みたいに云うなよ。オレが毎日どんだけ苦労してると思ってんだ」
 うっかり忍足と同じクラスになってしまっているだけに、多大な被害を被っているようだ。なまじテニスでも相方を務めてることもあって、放って置くことができない。そんな訳で、日々忍足の介護にストレスを溜めている岳人は宍戸の暢気さが許せなかった。忌々しげに吐き捨てる岳人の調子に、宍戸はさすがに不味いと思ったのか、幾分殊勝な態度に出る。
「悪ぃ。お前が一番苦労してんだよな」
 ばつが悪そうに頭を掻きながら謝る宍戸に、岳人は「別にいいけどさ」、と小さく呟いた。
「しかし忍足の奴、今からこれじゃ後四日も持つのか?」
 忍足はよろよろと壁やら人やらすべての障害物にぶつかりながら歩行している。時折擦れ違う男子生徒の前に立ちはだかっては、「跡部?」と尋ねまわっている見境なさで。
「最初はさ、不機嫌に黙り込むくらいだったんだよな。心此処にあらず、って感じでぼーっとしてたり。それがだんだんご飯食べなくなるは眠れなくなるは突然泣き出すはでもう大変だよ。情緒不安も極まってるね」
 忍足のことの経過をつらつらと話す岳人も大分疲れきっていた。宍戸はクラスが別な上、用がないと会うこともない忍足の病状がそこまで深刻だとは思わず、黙り込んでしまう。岳人はうんざりといった様子で溜息を吐いた。
「もうほんと何とかして欲しいよ。侑士の『慢性跡部欠乏症』」
 ――――慢性跡部欠乏症。
 それはテニス部レギュラーの中でしか知られてない、忍足の持病である。忍足の、あまりに跡部べったりな様子に滝あたりが名付けた病名だ。彼曰く、
「忍足っていつも跡部を補給してないと生きていけなさそうだから」
 ということらしいのだが、それを名付けた時には忍足がこのような状態になるなんてこと知らなかった筈なのに、大した洞察力である。云われた本人もその時は笑って、
「俺、いつも跡部に飢えとるから、そうかもしれんなあ」
 と笑って云っていたから、冗談だと思っていたのだその時は。それがまさかこれ程までに的確に病状が現れるなんて。
「このままじゃ、いつか侑士が人を襲うかもしれない……」
 岳人がやや青褪めた顔でぞっとしないことを呟く。宍戸は顔を引き攣らせながら、
「ちょっと笑えねえな、それ。忍足の理性が消えちまうまでに跡部にはとっとと帰って来て貰わないと」
 と、云った瞬間、それまで宍戸の脇に立っていた岳人が飛び跳ねるようにその場から退いた。
「?どうした岳人」
 訝しげに宍戸が岳人を見ると、彼は先程よりも更に青褪めて、じりじりと後退しているではないか。
「何やってんだよ、さっきから」
「よりによってお前が禁句を云っちゃったからだよ。今の侑士の近くでその言葉を云ったら無事では済まされないんだぜ!オ、オレ知―らね」
「おい、『禁句』ってなんのことだよっ」
 そういって逃げ出そうとする岳人を、訳が判らないまま呼び止めようとする宍戸の背後に、ゆらり、と不穏な気配が揺らめいた。思わずびくりとした宍戸は、恐る恐る背後を振り返る。
 そこには果たして、話の渦中である忍足がまるで幽鬼のように立っていた。
「お、忍足……?」
 宍戸は恐怖のあまり震えそうになる声を抑えながら、忍足に問い掛けるが、既に焦点の定まっていない眼で宍戸を見詰める彼には届いていないようだった。
「……跡部?」
 酷く掠れた、暗く冷たい声音にぞっとしながら、宍戸は勢い良く首を横に振る。
「ち、違うぞ忍足。俺は跡部じゃな」
「跡部―――っ!」
 がばぁっと止める間もない素早い勢いで、忍足は宍戸をその場に押し倒した。
「ギャ――――っ!」
 学校の廊下という公衆の面前で思いっ切り押し倒された宍戸の悲鳴が響き渡る。
「岳人ぉ――っ!助けてくれ」
 一足早くその場から離れ避難に成功した岳人に救助を求めたが、岳人はあまりの出来事にうっすら涙を浮かべながら首を振った。
「もう、オレには無理。侑士を止められないよ」
作品名:Don’t Look At Me 作家名:桜井透子