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ポーラ・スター

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ポーラ・スター
ポーラ・スター
輝く天の中心
星々を統べる不変の王

ポーラ・スター
ポーラ・スター
総てはお前を巡り
お前は永遠に中天に在り続ける

お前は俺の戴く唯一つの星
ポーラ・スター
ポーラ・スター

お前は俺の ポーラ・スター



荒々しい音をたて玄関のドアが破られたのが分かった。
同室の若い兵士が落ち着きをなくして、小さくギルベルトを呼ぶ。
だが、そんな声にも変らず、ギルベルトは目の前に横たわる青年を見つめ続けていた。
躯は汚れた包帯に包まれ、息をしているのかさえ分からない。
それはギルベルトの弟。ルーヴィッヒだった。
白皙の肌は色をなくし、整えられていた金色の髪は輝きを失い、解れ髪が汗で額にかかっている。
その髪を払い、額に口付けをした。
玄関を破った足音は着々とギルベルト達へと迫っている。
「…大佐!」
「騒ぐな…」
焦燥を滲ませた部下の声にギルベルトは慌てることなくゆっくりと立ち上がった。
その時、大きな音をたて入り口のドアが蹴破られた。数人の男達が部屋に傾れ込み、ギルベルトと部下、そして少しも動かないルートヴィッヒへと銃口を向ける。
「ギルベルト・バイルシュミットだな!!」
その声に、ギルベルトはゆっくりと振り返り、両手を軽く広げた。
「抵抗する意志はないが、弟に銃を向けるのはやめてもらえないか」
血の色の様な紅い瞳に見つめられ、銃を向けた兵士達に緊張が走る。
「抵抗はしねえって言ってんだろ…米軍の躾はどうなってんだ?あ?」
嘲るよな言葉に兵士達の苛立が募る。隣にいる部下が落ち着きなくギルベルトと取り囲む米兵を見やっている。
「君は立場が分かってないな〜」
張り詰めた空気の部屋に大きく,明るい声が響いた。
兵士達に蹴破られたドアを「よっ」と軽い掛け声とともに飛び越え、部屋に金髪の青年が入って来た。
「まったく、年寄りってのはどうしてみんなこう頭が固くて高慢なんだい!別に名前くらいちゃんと名乗ったらいいじゃないか!」
金髪の大柄な青年、アルフレッドは呆れたと言わんばかりに両手を広げ、ギルベルトに言った。
「何でもいい。弟に銃を向けるな。そうすれば何でも従ってやる…てめぇの靴を舐めてやってもいいさ…だから銃を、降ろせ…!」
ギルベルトの今にも噛み付かんばかりの言葉に、アルフレッドは眉を上げた。
苛立の募った兵士の一人が銃を構えたまま一歩前へと出た。震える銃口がギルベルトに向いたが、紅い目の光は一向に揺るがない。
「…ふざけやがって…!このナ…!?」
言葉は最後まで発されることはなく、アルフレッドがその銃身を押さえる。
「知らなかったのかい?彼は彼の弟の上司と折り合いが悪かったんだよ」
世間話の様に軽い言葉。だが、その銃身を掴む腕と彼から発する何かが、昂った気を鎮めた。兵士達の銃が降ろされる。
「さて、これでいいだろ!大人しく投降してもらうぞ!」
「ああ…」
ギルベルトは両掌を広げ方の上に掲げた見せた。それにアルフレッドは満足そうに頷く。それを合図に兵士達がギルベルトとルートヴィッヒを取り囲んだ。
「弟はかなり参ってる。丁重に扱ってくれ」
「わかってるよ!僕達は君らを消したい訳じゃないんだ。それにしても、ルートヴィッヒがこれほど弱ってるとはね…道理で、君達がベルリンから出なかったわけだ。もっと遠くへ逃げてるかと思ってたよ」
本当はもっと遠くへ逃げたかった。だが、ルートヴィッヒの容態がそれを許さなかったのだ。
だが、逃げていても大した変わりはなかっただろう。ルートヴィッヒの躯の傷は、この国自体が負っている傷の現れなのだから。ギルベルトの視線の先では、ルートヴィヒが担架に乗せられ運ばれて行く。決して雑ではない扱いに、世界の英雄を気取るこの青年が、言葉だけではないのだと思った。
「…逃げても意味はない。俺達は負けたんだからな…」
ギルベルトの言葉にアルフレッドは驚いた様な表情を浮かべた。
「へ〜君は負けを認めるんだな!」
ギルベルトはこの能天気な声を上げる青年に歪んだ笑みを見せた。

「俺はな、負けたことなんざ数えきれねえ程あるんだよ。負けが終わりじゃねえ、それを覚えとけ、若造が…」




それから暫く慌ただしく時間が過ぎて行き。街は少しずつ回復の兆しを見せはじめ、人々の顔にもやっと敗戦の絶望から、復興への希望が窺える様になって来た。
そんな街をギルベルトは軍服ではなく、私服で歩いた。街には闇市が立ち、人々はそこで物々交換をする。経済は未だ混乱したままだったが、人々は逞しく生きて行く。
ギルベルトは赤い林檎を籠に詰めた老婆の前で立ち止まった。ポケットを探ると、まだ開けていないアメリカ産の煙草が二箱出て来た。
老婆はそれを目の端に捉えると、細い目を開いてにっこりと微笑む。
現金なものだ。だが、力強い。
ギルベルトは袋に詰めるだけの林檎と、貴重な煙草と数枚のドルを交換して家路に着いた。
ベルリン郊外の小さな家はどうにか残った、ギルベルトとルートヴィッヒの別宅の一つだ。
その静かな家のドアを開けると、遠くから小さな咳の音が聞こえる。
ギルベルトは慌てて奥へと駈けた。
「ルッツ!大丈夫か!」
「……っ…にいさっ……」
ベットに横たわるルートヴィッヒが躯を丸め咳き込んでいる。その苦しい息の下で、兄を呼んだ。
ギルベルトはルートヴィッヒに駆け寄ると、その背を何度も擦る。
2年の時が立ったが、まだ躯は癒えていない。躯中の傷どころか、今は経済の混乱が病の様にルートヴィッヒを蝕んでいた。
何度も何度も背を擦るギルベルトに、ルートヴィヒは咳の合間から何度も「すまない」と言った。
「いい、いいんだ。とにかく今ははやく良くなることだけを考えてくれ…ルッツ…な?」
咳のせいで涙を浮かべた頬を擦り、そこに口付けをする。
子供の様な扱いを嫌がったルートヴィッヒだったが、今は素直に甘えた。
その仕草が、幼い時の様で懐かしく、だが、逆に弱ってる証しのようでギルベルトは苦しくなった。
「今日は林檎が手に入ったんだぜ!美味そうだろ?後で擂ってやるからな」
咳の収まったルートヴィッヒをまた、ゆっくりとベットに寝かしつけながらギルベルトが言う。
ルートヴィヒは弱々しく返事をして微笑んだ。応える声は、気を失う様に眠りに落ちるせいで掠れていた。
その眉を寄せた苦しげな寝顔を、泣くのを堪え見つめる。
代わってやりたい。だが、この苦痛が総てルートヴィッヒがドイツであるという証なのだ。領土も賠償も経済の問題も、総てがルートヴィッヒに影響を及ぼしている。
ギルベルトの躯の傷はもう、すでに癒えていた。ルートッヴィヒのような症状も出ない。だが、それは自分の躯がもう、国の影響を受けていないと言うことだろう。
こんな近くにいながら、少しもその苦しみを肩代わりできないのが歯がゆい。
「ルッツ…ルートヴィッヒ…大丈夫だ…お前はすぐに良くなるからな…!」
戦争が終わり、復興も始まっている。きっと大丈夫だ。この苦しみさえ乗り越えれば、ルートッヴィヒはまた以前の様な健康で、誰もが羨む容姿と謹厳な精神をもった青年に戻る。
汗で張り付く髪を何度も撫で付け、熱を持った頬を撫でた。
作品名:ポーラ・スター 作家名:秋緒流々