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審美

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 それは金子にパスが来るんじゃなくふっとイタズラのようにボールがたまたま向かってしまった、という流れだった。不意を突かれて、不意を突かれてってもグラウンド上でずっと目線ではボールを追っていたんだから慌てる必要性は微塵もないと思うんだが金子は「あわあわあわあわあわっ」と動転していた。あわあわってリアルで言うやつ初めて見た。うける。
「かっ飛ばせー金子ー」
 サッカー競技のエールとしては不適切だったろうが、言葉の正答はどうでもいいや。ボールは金子の足元にふわりと落ちた。あとは蹴るだけでいいような絶好の球だ。しかも味方フォワードはノーマークでゴール前。金子が右足を後ろに下げる。あとは、前へ押し出せ。
 金子の右足が、ボールの、10cm上の、何もない空間を、豪快にスイングした。
 ダサ。
「あぁ~」
 金子の嘆きが、青空に吸い込まれていく。
 前に蹴るだけでいいはずのボールを豪快に空振っただけでは飽き足らない金子は、勢いこんで後方にひっくり返った。ずでーん、て音がしてそうな鮮やかなるコケっぷり。漫画かおまえは。
 すっ転んでる金子を尻目に相手チームがさっさとボールを奪っていった。
 眼鏡が斜めにずれてーら。黒縁を指で押し上げながら照れ笑いでたぶん笑ってんだろうけど笑ってないエヘエヘした表情で金子は体を起こす。
 金子を見てバク転ができると見抜くやつはまずいねえだろな。
 俺はいま新体操ってな競技をやっていて試合とか出ているわけで、つまり勝たなきゃならねえ始まれねえわけだけど、俺が追い落とさなきゃならねえやつらってのは、そういうやつらなんじゃねえかな、なんて、思っている。
 新しく体を操る、とはよく言ったもの(金八風)で。
 新体操は、自分の体の内部から新たに見詰めなおさなきゃ挑めないような競技だった。小手先の器用さでは跳ね返される世界だった。
 俺は鹿だってバランスだってすぐできた方なんだろなってわけだけど、たぶんだけど金子はおそらくできないことが多くてそれを見詰めながら体と向き合ってきた人間じゃないだろうか。
 そういうやつは、この新体操ってな競技においては、なかなか怖いような存在のような、気が、する。よくわかんねえけど。
「コントかよこの野郎おもしろすぎんぞー」
 土のグラウンドにまだ這いつくばっている金子に俺はへらへら笑いながら声をかけた。するってと、さっきまでエヘエヘ諂い笑いみてえな顔を歪めるばかりだった金子がぎっと俺の方を向いた。
「うるさいですよ頑張ってるんですよ茶化さないでくださいよ何勝手な休憩とっているんですか月森くんがいなくて戦力ダウンですよもう参加してくださいよッ」
 相手チームどころか味方のやつまで、えーまたヤンキー一緒にやんなきゃいけないのかよー、みたいな表情を金子の背後でしているのだが。ついでに、ヤンキーにそんな口利くなよ怖いっつーの、みたいな表情で金子は視線を集めているのだが。
 それには気づかず金子は俺だけ見ていた。
 やれやれよっこせ、と俺はケツの砂を払いながら立ち上がった。
作品名:審美 作家名:チャア