アニマ -6
「では母は」「本当の父はどこに」「なぜ俺を謀ったのか」
老人の声はシンプルな答えを発しました。
「本当の父は、お前が殺した。母は、お前を治すために儂に体を売っておったのだよ」
青年は、老人を投げ出して、おののき、少しどうしていいかわからない様に視線を動かして、寺を出て走り出しました。何ともドラマチックなことにそのときは桜の季節で、はらはらと桜が散っていました。桜の中を延々と走り続けた後、疲れ果て、喉も枯れ、ひどい空腹感が襲ってきて彼は桜の園で倒れ込みました。
こんなことになるのなら、見えなければよかった。見えない方が幸せでした。この世は醜い。彼にとっての世界は酷いものだったのです。
もう死んでもいいと思って目を閉じると、あろう事か、仏様が現れました。
「仏などいらない。この世界に救済は無意味だ」
彼は仏が口を開くより前に否定の言葉を口走って、わずかな力で目を開きました。するとどうでしょう。小さな足が見えるのです。青年によってきました。
「お兄さん、大丈夫?」
栗色の髪をした少年でした。青年は少年など見たこともありませんでした。少年は彼を少々手荒に扱って、ずるずると川縁まで運んでゆきました。少年は彼の唇をすこしずつぬらし、水を飲ませてゆきました。
活力は戻っては来ませんでしたが、歩くことはできるようになりました。何も考えることができないまま、彼はふらふらと栗色の髪をした少年の後をついて行きました。少年は天涯孤独の様でしたが、彼に少しばかりの食物と、休息を与えました。
「妹が死んだばかりなんだ」
少年がそういうのを青年は聞き逃しませんでした。彼は少年に報いようと、近隣に強盗に入るようになりました。金品じゃありません。食べ物を盗るのです。それ以外、彼らはどうやって生きてゆけたのでしょう。
醜い欲望の行き先を見いだせないままの青年は、少年を抱くことでなんらかの安息を得ました。彼の心は渇望したまま、次第にその空虚さは宗教へのアンチテーゼにすり替わってゆきます。
彼はもう仏など信じませんでした。その上、彼は適当な神を作って今で言う、まぁ、新興宗教の教祖みたいな存在になり始めました。彼は平然と嘘をつき、その権力を守るために人を殺し続けました。正当性のために女性を強姦して、彼のものになった少年を守るためならなんでもしました。
ある日、少年は暗い顔で彼に言いました。
「こんなことしたら天国に行けなくなっちゃうよ……」
青年は少年を激しく責めました。二人はつかみ合いになり、哀れな青年……あぁ、もうすでに大分中年にさしかかっていましたが……は、あっけなく死んでしまいました。
これが僕の六道巡りの出発点です」
俺は酷い眠気に抗いながら彼の話を聞いていた。たっぷり午後を使ったその話のせいで、喫茶店の窓の外は酷く暗かった。
「行こう、閉店時間だ」
話し終えて少しつかれた印象の骸をつれて、喫茶店を出た。冬が近いせいで、頬に当たる風が冷たかった。