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観測者と一等星

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小雨の降る静かな夜のことだった。
僕はいつもと同じように、ネットの海に埋没し、ひっそりと息をするくらいしか能のない自分の無価値に辟易しながらも、どうにかこうにか今日をつつがなく終えようとしてた。
ただその日は、どうしてか喉が渇いて仕方が無かったのだ。思いついた途端、何かに堰かされるようにして部屋を出ていた。
アパート近くの自販機でコーラを買う。春先だというのに雨のせいで冷え込んだ空気に身震いしつつ、片手に傘を、もう片方には冷たいコーラを持つ。それが何だか酷く滑稽な気がして、僕は人っ子一人いない夜道であはは、と乾いた声で笑った。
いつもいつもいつも世界は驚くほど順調にして穏やかで、ほつれたセーターの袖口の糸を引っ張ってどこまで伸びるか試したいのに、それすらあっさりと断ち切れてしまう。その糸くずを片手に、僕の本能は薄らぼんやりと何かに慣らされていくことへの恐怖に怯える。このままどこに行くあてもなくフラフラと右から左に流されて、気がついたら彼岸だったなんて、そんなのは嫌だ。もっと、何物にも代え難く何処にも存在し得ない、そんな一等特別で不可思議で奇抜なものが欲しい。例えそれが糸くずだとしても、気味悪いくらいに長いだとか、救いようのないくらい性悪だとか、ずっと先の未来製だとか。まぁ、つまり何でも良かった。一人きりのこのつまらない世界を一変させてくれるものなら、なんでも。かつて沈溺していたあの痛くて辛くて死にそうな非日常の毎日が、恋しくて堪らない。


ただ、それはあまりに予想外だった。雨の降りしきる真夜中、コーラ片手に笑う僕の目に飛び込んできたのは、玄関の前に蹲る黒い塊だった。

「あの・・・何してるんですか」
「自分でもよくわからなくてさ」
「はぁ」
「帝人くん、悪いんだけど俺って何て名前だっけ」
「はぁ・・・は?」
「驚くべきことに、突然忘れちゃってね」
「何バカ言ってるんですか。止めてくださいよこんな時間に。早く帰って寝て下さい」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、家がどこにあるかも覚えてなくてさ」
「・・・臨也さん」
「それが俺の名前か。うん、しっくりくるよ。実に良い名前だね」
「どこに置き忘れてきちゃったんですか・・・個人情報」
「あはは。君はとても賢くて助かるなぁ!流石だよ帝人くん!」

かくして、僕の前に一等特別で不可思議で奇抜なものが現れたわけである。
折原臨也の個人情報のみをすっぽり何処かに置き忘れてしまった、折原臨也が。





どうにも嘘か真か判断しかねた僕は、仕方なく臨也さんを家にあげて詳しく事情を聴くことにしたのだが、案の定、彼はこれっぽっちも実のある情報を持っていなかった。
曰く、「いつも通り人間観察を終えて家に帰ろうとしたらどこへ行けば良いか分からなくてさ。
おかしいなぁと思ったけどまあ思い出せないんじゃ仕方ないからね、波江さんに電話したんだ。
いつも通りどちら様かしらって冷たい声で聞かれたから俺もいつも通り素敵な口上を述べようとしたら
そういえば俺って誰だっけ?って。ビックリしたなぁほんとビックリしたよ。まさか自分の事を忘れるとは!」

こちらがもういいですと嗜めるまでいつまでもどうでも良いことを喋っていそうな雰囲気だったので、慌てて言葉の洪水を堰き止める。この人の言葉のほとんどは余分なものから構成されているけれど、絶妙な感覚でもって必要な情報を織り交ぜてくるのだ。どこで遮るかは僕の裁量次第。臨也さんはそれを観察するのが好きなようだった。いつもニヤニヤと人を食ったような笑みで取り留めなく必要なことと不必要なことを話す。試されている感じはあまり気持ちのいいものではなかったけれど、僕は一度もそれに文句を言ったことはなかった。妙なゲームをしている、そんな遊び感覚が最初は楽しかったから。でも、次第に僕の目的は随分斜め上に方向転換していたように思う。例えば、さて、とゲーム開始を告げる常套句を告げる時のあの目が見たくて、だとか、どうでもいい方の話がヒートアップして来た時の取り分け何も考えてなさそうな表情を見たくて、だとか。
つまり、有り体に言ってしまえば、僕は臨也さんのそういう面倒くさいところが好きだった。
きっと本当はどうでもいい話が本題だったのだけど、そんな話をしに危険を冒して池袋の僕のところまで来るのが馬鹿馬鹿しい行いだという自覚があったのだろう。それでやっぱり止めた、なんて言わずにわざわざ意味を作ってしまう辺り、臨也さんはすごい。自分に忠実で、行いが徹底している。感情や目的が生まれた瞬間、彼の中はそれでいっぱいになって、それ以外の入る隙は無い。それでもその満タンになった己を横目に眺めるもう一人の臨也さんがいて、水を抜くタイミングを見計らっているのだ。
では、今回の珍現象は一体どうしたことだろう。常に自分自身を世界の中心に据えて周りを見渡しているはずが、肝心の自分の立ち位置を忘れてしまったのだろうか。それとも、望遠鏡を覗き込んだまま、他人の宇宙にトリップして戻ってこれない、だとか。あまり想像出来ないことだ。どんなに他人を愛していたって、結局観測者たる自分自身の存在が無くては他人も存在しない。愛もない。そんな世界を彼が望むとは、とても考え難かった。
一体何が、この人の心を変えたのだろうか。アイデンティティを諦めてまでも忘れたかったことって、何だったのだろう。
ここまで深く考え込んでみても、僕にはとてもこの人を考察しきれるとは思えなかった。
よってこの不可思議な心の故障の改善方法も解らない。でも、こんなに面白い現象、みすみす他人の手に委ねるのはどうなんだ?得体の知れない、非日常の塊であるこの人の心の襞を、少しでも垣間見れるチャンスなのではないか?
或いは、触れることが、叶うのでは。
ぐるぐる、脳みそがフル回転を始める。ありとあらゆるリスクとメリットが浮かんでは消え浮かんでは消え足し算と引き算を繰り返す。もちろん最後に足されるのは、好奇心というやつだ。まぁ、答えはもう出ている。臨也さんを目の前に、リスク管理なんて無意味だ。そうなったら話は早い。僕はまず一番出したかった一手を、欲望のままに打つ。

「ところで臨也さん」
「なんだい?」
「なんで僕のところに来たんですか?」
「え?」
「だって波江さんに電話したんですよね。家の場所教えて貰えば良かったのに」
「あぁ、そういえばそうだね。ビックリし過ぎて思いつかなかったよ!」
「えぇぇ・・・?じゃあ臨也さん、本当に何しに家に・・・」
「さぁ、何でだろう・・・?」
「もういいです・・・はぁ・・・」
「そういえば、記憶障害に気がついた時、一番最初に思ったんだよね」
作品名:観測者と一等星 作家名:まじこ