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擦れ違いからの

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  『 擦れ違いからの 』



今日も人で溢れている都市、池袋。
天気は晴れ。夏の手前で温度は少し高めだが、まだ外では過ごしやすい季節。
そんな日に付き合い始めてまだ数週間の二人はデートの約束をした。
お誘いは付き合ってから初めての門田から。初めのデートは顔を真っ赤にしながら狩沢がそれとなく提案し、それに門田が便乗する形だったが、今回は違う。彼からのお誘いなのだ。
狩沢は初めての経験の心を弾ませながらこの日を楽しみにしていた。
いつもなら自分たちに遊馬崎、渡草を加えた四人で行動しているため、デートというかただ一緒につるんでいるだけで、それでも一緒に居れることは嬉しくて。だから、今回のような誘いは始めてのことだけに、本当に心待ちにしていたのだ。

―――――先程までは。

視界を僅かに霞ませながら狩沢は約束の場所とは逆方向の道を、さっき通ったばかりの道を小走りで駆け抜ける。行きに擦れ違った人とは違う、また別の人と流れるように擦れ違う。たくさんの人と。

狩沢は目撃した。自分とは違う、別の女性と微笑ましく歩く彼の姿を。
一瞬目を疑ったが、何度見ても自分の目に映るのは変わらない大好きな彼の姿。
なんだろう、もしかして見せ付けたかったから今日にしたのか、などと考えながらその場に立ち竦む。
ふと彼と目が合った。彼は目を少し大きくしてその場に隣の女性と一緒に立ち止まった。
はっと気付いたときには後ろを向いてその場から駆け足で離れていた。

「っ……なんでッ」

自分の小さな呟きが身をさらに苦しめる。
たくさんの疑問が浮かび上がる。彼は”そういうこと”をする人間ではないというのは私が一番分かっているし、遊馬崎も渡草もきっと同じことを思うだろう。それだけに今のこの現実を受け止め難かった。
あれから忙しく動かしていた足をゆっくりとした歩調に切り替えた。
とぼとぼ歩きながらどうすべきか考えようとする。しかし頭は真っ白で何も浮かばない。
ふとまた涙が出そうになったとき急に横から伸びてきた腕に自分の腕を取られ、路地裏に連れ込まれた。
顔を上げると自分と同じ漆黒の出立ちをした彼の赤目が私を捉えていた。


「すいません」
「ん?」

声を掛けられたほうに振り向くと一般的にいって綺麗と形容されるだろう女性が少し難しそうな顔をしてこちらを見ていた。

「あの、人と待ち合わせをしているんですが場所が分からなくて……」

彼女は手に真新しい地図を持っていた。行き先らしいところには赤いペンで丸がついているが、そこにたどり着けなかったのだろう。だから今俺にその場所を聞いている訳なのだが。

「あー、何処に行きたいんだ?」
「サンシャインシティというところなんですけど」

狩沢との待ち合わせ場所の少し先か、とついさっきまで考えていた道順に少し変更を加える。サンシャインシティまで案内するぐらいなら約束の時間に間に合うだろうと考えた。

「サンシャインシティだな?」
「はい」
「じゃあそこまで案内するよ、ついでだしな」
「!ありがとうございます」

女性は顔に柔和な笑みを浮かべこちらに軽くお辞儀をした。礼儀正しい人だな、など思いつつ目的地に向かって歩き出す。
彼女は以前働いていた会社を辞め、今は秘書として働いているらしい。普段は中々外に出ることはないらしくこうやって街を歩くのは久しぶりだそうだ。

「へぇ、じゃあ普段は部屋の中なのか?」
「そうですね、ほぼ全部の仕事が室内での仕事です」
「どんなことするんだ?」
「主に書類整理ですね。あの人ほんとに仕事をしてくれなくて……」

“あの人”のことを思い出したのだろうか、彼女は一瞬その綺麗な顔を僅かに歪ませた。しかし、またすぐに元の表情に戻し先程と変わらない調子で話を続ける。
しばらく会話を続けながら歩いていると、目的のサンシャインシティが見えてきた。もうすぐ着く、と彼女の方を向き、また前を見て歩き出そうとした。
ぴたっと足が止まる。横を歩いていた彼女もつられて足を止めて訝しげに俺の方を眺める。
視線の先には表情を凍らせた狩沢が居た。
今の状況は俺が狩沢とは別の彼女を連れて楽しそうに歩いているように見えないことも無い。
要するに、俺が悪い。全面的に。
彼女を追いかけようと体を動かそうとしたら、それよりも早く狩沢が佇んでいた場所から身を翻し駆け出していった。


「なんでそんな泣きそうな顔してるわけ?」
「イザイザ……」

取り繕ったような心配そうな顔で顔を覗き込まれる。それが嫌で顔を横に背けようとする。
すると彼は空いていた手を私の頬に添え、再び二人の視線が絡み合うかたちになった。
少し動揺したからだろうか、目に溜まっていた涙が耐え切れなくなって重力に従い零れ落ちる。

「……ほっといてよ」
「泣いている女性を放っておくなんてこと俺には出来ないなぁ」

スルと頬を撫でる臨也。片腕を掴まれて壁に押し付けられているから、自然に背中も壁に当たることになる。つまり、私は今臨也に襲われているような構図になる。
普段なら何かしらの抵抗はしているが、今日は先程見た光景があまりにも衝撃過ぎて抵抗する気力が湧いてこなかった。よく考えてみると、もしかして……

「ドタチンに振られでもした?」

息を呑み目を丸くする。それが本当かもしれないだけに反論の仕様が無い。
そう思うとまた悲しくなってきて視界が白んでいく。

「もしかして図星?ドタチンって高校時代時から意外にモテてたんだよ?本人はどうも気付いてなかったけどね。君たち―――あ、ワゴンの君たちのことだよ?は一番よく分かってると思うけど彼には普遍的だけど特別なカリスマ性が当時から遺憾なく発揮されてたからね。君もドタチンのそういうところに惚れたんじゃないの?でも本当残念みたいだね。付き合ってまだ数週間。彼の本性を見てしまったみたいで」
「……ドタチンはそんな人じゃないよ」

泣いているせいか、いつものように溌剌はっきりとした声は出ないがちゃんと反論する。でも先程、彼が私じゃない別の女性と歩いているのを直接見たのに、何を言っているんだろうと自分でも可笑しく思えてくる。

「ねぇ」
「……なに?」
「だったらさ、俺にしとかない?」

妖艶な笑みを浮かべて整った顔をズイと近づけてくる臨也。顔を押さえられているので動かすことが出来ず、空いている手で体を押してもビクともしない。
それでも近づいてくる顔を見ていると、だんだん諦めの念が浮かんできて抵抗をやめる事にした。

―――――振られたんだから、もう、いいか……

臨也はそんな狩沢の心情を読み取ったように頬に添えていた手を狩沢の腰に回し、掴んでいた腕をグイと引き寄せて自分の体に密着させるように彼女の体を動かし緩慢な動きで顔を近づけていく。
息がかかる距離になりあと少しというところで、再び先程のように横から腕を引っ張られ臨也とは別の人の腕の中に体が納まった。
嗅ぎ慣れた、優しい温かい香りがした。

「久しぶり、ドタチン」
「お前、他人の彼女に手ェ出してんじゃねぇよ」

まったくお前は、と溜め息をつきながら門田は狩沢の肩をぽんぽんと叩いた。
作品名:擦れ違いからの 作家名:大奈 朱鳥