1cm
ショキ ショキ
シャキ シャキ
ジョキ ジョキ
鋏が動くたびにハラハラと銀髪が落ちた。
最初はぶつぶつと抗議の声をあげていたがバリカンをちらつかせると大人しくなった。
前髪に癖のある以前の髪型を思い出し、さくさくと進めていく。
隠れていたうなじが覗き、耳が隠れきらなくなった頃、兄さんがクスクスと笑い出した。
「どうしたんだ?」
「昔の事思い出しちまった。お前髪切られるの嫌いだったろ。」
「・・・昔の事だ。」
「“間違っても耳を切ったりはしないから安心しろ”ってんのにガチガチに固まってよぉ。あの時は可愛かったなぁ。」
耳元で聞こえる鋏の音が怖かった。
兄さんが俺を傷つける事は無いと分かっていても怖かった。
いつか鋏が【ジョキン】と音を立てて耳を切り取ってしまうのではないかと、兄が髪を切っている間恐怖と戦っていた。
勿論、一度だって髪以外のところを切られた事はないが。
「前髪切る時なんかギューって目瞑ってよ。」
「前髪を切る時は瞑るものだろう。」
「そうだけどお前はなんか違ったんだって。」
「分かったから兄さんも目を瞑ってくれないか。」
「ja」
あ、そうそう。と、目を瞑ると兄さんが話し出した。
「日本に行ったのはお前に会いに行く為だったんだぜ。」
「え?」
「トマティーナ終わって、イタちゃんからお前が日本に行くって聞いてよ。『ケーローノヒ』だっけ?菊ンとこの祝日だろ?驚かせようと思ってな。」
日にち間違えて結局会えなかったけどな。
ケセセと笑った。
「メールか電話でもしてくれれば・・・。」
「それじゃドッキリにならないだろ。」
「ドッキリじゃなくてもいいだろう。」
ため息と「わかってないな」と言わんばかりのジェスチャーをした。
「動かないでくれ。危ない。」
「へいへい。」
「兄さん。」
「ん?」
「明日予定は?」
「特にないぜ。あ、ヴェストとまったりしてーな。」
「ホットケーキでも焼きながら?」
いいな、それ。と、また短く笑った。
明日は掃除をして、買い物に行って、家でゆっくり過ごそう。
夜にはヴルストをつまみに上等なビールでも飲んで、この半年の報告をし合おう。
明日の計画を立てつつ、鋏を動かした。
・・・その時だった。
「ケセセ、明日が楽しみだぜ・・・ふ・・・。」
「どうした?兄さん。」
「いや、何も・・・。」
「?」
「は・・・ふぇ・・・っしょん!!」
「あ!!!!」
ジャキン!!!!
「「・・・・・」」
兄さんの前髪の半分がなくなった。
見事に。
それはもうパッツリと。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ・・・!!!!」
次の日から兄さんは自室に閉じこもった。
あの日から丁度3cm髪が伸びた頃、行きつけの床屋に出かけていった。
「俺が切ろうか?」と声をかけたが首を左右に振り、力なく笑うだけだった。
ホットケーキを焼いておこう。
いつもより分厚く焼いておこう。
メープルをたっぷりとかけておこう。
知らぬ間にカレンダーの飾りとなった小鳥のヘアピンを横目にキッチンへと向かった。