BACK TO THE 1995
「なーおい世良、ちょっとちょっと」
練習を終えてシャワーを浴びて、ほっこりしたところで呼び止められ、世良は上機嫌で振り返った。
そこにはニヤニヤ笑う、丹波・石神の、要注意コンビ。さすがの世良も内心「うわ……」とたじろぐが、その2人の後ろには、見慣れたしかめっ面がある。なんて卑怯な布陣だ。
「世良ってさあ、今いくつだっけ?」
案の定餌に引っかかって堺をチラチラ見ながら近づいてきた世良に、石神がどこかニヤついた表情で尋ねた。
「? 60ス」
「は? え、なにそれ」
「え? 体重じゃないんスか?」
「なんでだよ! 年齢だよ年齢! なんで俺らが揃ってお前の体重聞くんだよ! 女子か!」
ガッハッハ、と笑いながら丹波に背中を叩かれて息が詰まりかける。なんなんだ、世良からしたらなんであんたらが俺の年齢聞くんだよ! と聞き返したいところだ。聞き返さないけど、体育会系だから……。
「年齢は、22ッスよ……」
「あー、やっぱり」
知ってんならわざわざ聞かないで!
うわああ、と、練習で出たアドレナリンの余韻も加わってベンチに頭を叩き付けたい気持ちで一杯になっている世良をよそに、丹波と石神は何やら指折り数えている。
助けを求めて堺をちらりと見たけれど、用具の手入れをしているらしく、視線すら合わなかった。
「……じゃあお前、俺らが15だったとき……あれか、6歳!?」
知るか、と思いながらもそうッスねー、なんておざなりに返事をして、世良はちらりと堺を見遣った。
堺はきっと世良よりもずっと自分自身のことがわかっていて、そして適度に自分に自信を持っているけれど、どうしてもやっぱり、年齢のことは地雷なのだ。サッカーについてじゃない。2人の、お付き合いについて。
だから、年齢を聞かれたときからずっともう、世良は気が気じゃない。堺の視線が気になって仕方ないのだ。
それに気付いているのかいないのか、やはり丹波と石神の勢いは止まりそうには無かった。この2人こそ、年齢を気にしたほうが良い。
「じゃあ俺が初めてセックスした年、世良は小学2年生だったんだ……」
「はー!?」
しみじみ言った丹波に、とうとう世良は素っ頓狂な声を上げた。
「16ってこと? へー、俺もまあ、そんくらいだ。堺さんは?」
ここで初めて堺に振られた話題に、思わず世良はギン、と視線を向けた。知りたいような、知りたくないような、知りたいような――!
「……うるせえな、覚えてねえよ」
「うわーモテ男発言! やるねー」
「ヒューヒュー!」
盛り上がる要注意コンビの横で世良は、残念なような、ほっとしたような、複雑な気持ちを抱えて呆然としていた。まさか、堺の初体験が世良だなんて、そんなことは欠片も思っていないけれど、それでもやっぱり。
「つうかお前、もしかして平成生まれか」
「え? あ、いや……」
ぐらぐらしているまさにそのとき、堺本人に声を掛けられて、世良は思わず口ごもった。
「いやあ、俺は、ギリギリ昭和ッス。63年ス」
「へー。あ、じゃあ世良はアレ? ゆとり教育? 円周率3なの?」
「円周率は3.14ス。でも土日は休みッス」
「えー、うわー、そうなんだー! リアルゆとりだ、リアルゆとり」
このやり取りこの前の正月にも実家であったな、なんて苦笑しながら、世良はもう一度だけ堺をちらりと見た。どうも、話を反らされたというか、反らしてもらったというか(あのまま行けば確実に世良の初体験の年齢を聞かれていただろう)。堺はまたぷいと世良じゃないところを見ていて、真意はわからないけれど。
「あ、そうか、世良はゆとりだからバカなんか」
「一緒にしないでください、世良さんのバカはゆとりもクソもないです」
「お、ゆとり2号」
背後から聞こえた声は、振り返るまでもない。クソ生意気な、赤崎!
「……こいつは平成生まれッス」
「マジでー!? 元年? 元年!? リアル平成生まれ!?」
「そうッスけど、何か!? 世良さんこっちに矛先向けんじゃねーよ!」
ざまあみさらせ、と、丹波の声が伝染して更衣室中から『リアル平成』のコールを受けている赤崎の凶悪な視線を背中に感じながらも、ほんの少しだけ世良の気持ちは晴れた。
「つーかあれだねー、なんか改めて感慨深いね、俺が始めてコンドームを使ったとき世良がハーモニカ吹いてたなんて」
そこに話が戻るのか!
相変わらず石神の表情はニヤニヤ笑いと無表情を半々に混ぜた感じで掴みづらいけれど、世良の本能はなぜか「逆らうな」と告げる。ある意味丹波よりも厄介だ。
「……俺、ハーモニカじゃないス。ピアニカっす」
「え、なにそれ」
「ピアノとハーモニカの、相の子みたいな……」
「そんなんあんの!?」
うわー、うわー、と、石神が妙に興奮した声を上げるものだから、なんだなんだ、と丹波も戻ってきてしまった。
「俺もピアニカだったぞ」
スパイクの泥を落としながら、堺。
「俺はハーモニカだねー」
「え、なに、何の違い?」
キョロキョロする石神に堺が「お前ら田舎モンだからだろ。都会はピアニカなんだよ」と吐き捨てて、一斉に抗議の声が上がった。それは違うかも、と世良も内心思う。世良だって、わりと田舎の出身なのだ。
「あっアレだ、関西がピアニカとか? 世良お前、出身どこよ」
「いやー俺は、埼玉ス……。てか堺さん、もしかして関西の出身なんスか?」
「あ? 言ってなかったか?」
「堺さん大阪人だよ。たこ焼きの人だよ」
「えー、マジスか!」
そんなに大げさに驚くことかよ、と、堺は不機嫌そうに顔をしかめた。いや、堺はいつも不機嫌そうな顔なのだけれど。
「だって堺さん、バリバリ標準語じゃないッスか!」
「……別に大阪住んでても標準語くらい知ってんだよ」
「あのね、堺さんあれなの。生まれた土地なのに大阪の空気が合わなくて東京に逃げてきたの」
「石神ィ!」
「ほら、冗談通じないでしょー」
いやあ、なんて言葉を濁しながら、世良も堺が大阪出身なんて意外すぎる、なんて密かに考えていた。
ウケを狙う堺さん。たこ焼きをおかずに白米を食う堺さん。お笑いに厳しい堺さん。リアクションの派手な堺さん。阪神ファンの堺さん。道頓堀の堺さん。……想像がつかない!
「つうか世良、俺はお前も西の方出身だと思ってたんだけど、違うのか」
「へ? どうしてッスか?」
「なんか、電話で方言が」
「あー! 俺、アレなんス、父ちゃんと母ちゃんが広島で、兄ちゃん姉ちゃんたちも結構長いこと広島だったから家族全員微妙にあっちの言葉で……」
じゃけえの人かよ! と、丹波が例のごとく大げさに驚いて、石神は「仁義無いね」とか、よくわからないコメントをこぼす。
「ん? でも世良は埼玉生まれなの?」
「あ、はい。父ちゃんの転勤で広島から越してきたんスけど、俺末っ子で、俺だけ埼玉生まれなんス」
世良がそう答えると、
「「「あー、末っ子っぽい」」」」
ハモるし。
そんなに俺末っ子ですか、と思わず世良が問い返せば、3人が3人、繰り返し首を縦に振る。なんとなく納得がいかない世良である。
「そういえばさ、俺、初エッチした次の日がさ……」
「またそこに戻るんスか!」
練習を終えてシャワーを浴びて、ほっこりしたところで呼び止められ、世良は上機嫌で振り返った。
そこにはニヤニヤ笑う、丹波・石神の、要注意コンビ。さすがの世良も内心「うわ……」とたじろぐが、その2人の後ろには、見慣れたしかめっ面がある。なんて卑怯な布陣だ。
「世良ってさあ、今いくつだっけ?」
案の定餌に引っかかって堺をチラチラ見ながら近づいてきた世良に、石神がどこかニヤついた表情で尋ねた。
「? 60ス」
「は? え、なにそれ」
「え? 体重じゃないんスか?」
「なんでだよ! 年齢だよ年齢! なんで俺らが揃ってお前の体重聞くんだよ! 女子か!」
ガッハッハ、と笑いながら丹波に背中を叩かれて息が詰まりかける。なんなんだ、世良からしたらなんであんたらが俺の年齢聞くんだよ! と聞き返したいところだ。聞き返さないけど、体育会系だから……。
「年齢は、22ッスよ……」
「あー、やっぱり」
知ってんならわざわざ聞かないで!
うわああ、と、練習で出たアドレナリンの余韻も加わってベンチに頭を叩き付けたい気持ちで一杯になっている世良をよそに、丹波と石神は何やら指折り数えている。
助けを求めて堺をちらりと見たけれど、用具の手入れをしているらしく、視線すら合わなかった。
「……じゃあお前、俺らが15だったとき……あれか、6歳!?」
知るか、と思いながらもそうッスねー、なんておざなりに返事をして、世良はちらりと堺を見遣った。
堺はきっと世良よりもずっと自分自身のことがわかっていて、そして適度に自分に自信を持っているけれど、どうしてもやっぱり、年齢のことは地雷なのだ。サッカーについてじゃない。2人の、お付き合いについて。
だから、年齢を聞かれたときからずっともう、世良は気が気じゃない。堺の視線が気になって仕方ないのだ。
それに気付いているのかいないのか、やはり丹波と石神の勢いは止まりそうには無かった。この2人こそ、年齢を気にしたほうが良い。
「じゃあ俺が初めてセックスした年、世良は小学2年生だったんだ……」
「はー!?」
しみじみ言った丹波に、とうとう世良は素っ頓狂な声を上げた。
「16ってこと? へー、俺もまあ、そんくらいだ。堺さんは?」
ここで初めて堺に振られた話題に、思わず世良はギン、と視線を向けた。知りたいような、知りたくないような、知りたいような――!
「……うるせえな、覚えてねえよ」
「うわーモテ男発言! やるねー」
「ヒューヒュー!」
盛り上がる要注意コンビの横で世良は、残念なような、ほっとしたような、複雑な気持ちを抱えて呆然としていた。まさか、堺の初体験が世良だなんて、そんなことは欠片も思っていないけれど、それでもやっぱり。
「つうかお前、もしかして平成生まれか」
「え? あ、いや……」
ぐらぐらしているまさにそのとき、堺本人に声を掛けられて、世良は思わず口ごもった。
「いやあ、俺は、ギリギリ昭和ッス。63年ス」
「へー。あ、じゃあ世良はアレ? ゆとり教育? 円周率3なの?」
「円周率は3.14ス。でも土日は休みッス」
「えー、うわー、そうなんだー! リアルゆとりだ、リアルゆとり」
このやり取りこの前の正月にも実家であったな、なんて苦笑しながら、世良はもう一度だけ堺をちらりと見た。どうも、話を反らされたというか、反らしてもらったというか(あのまま行けば確実に世良の初体験の年齢を聞かれていただろう)。堺はまたぷいと世良じゃないところを見ていて、真意はわからないけれど。
「あ、そうか、世良はゆとりだからバカなんか」
「一緒にしないでください、世良さんのバカはゆとりもクソもないです」
「お、ゆとり2号」
背後から聞こえた声は、振り返るまでもない。クソ生意気な、赤崎!
「……こいつは平成生まれッス」
「マジでー!? 元年? 元年!? リアル平成生まれ!?」
「そうッスけど、何か!? 世良さんこっちに矛先向けんじゃねーよ!」
ざまあみさらせ、と、丹波の声が伝染して更衣室中から『リアル平成』のコールを受けている赤崎の凶悪な視線を背中に感じながらも、ほんの少しだけ世良の気持ちは晴れた。
「つーかあれだねー、なんか改めて感慨深いね、俺が始めてコンドームを使ったとき世良がハーモニカ吹いてたなんて」
そこに話が戻るのか!
相変わらず石神の表情はニヤニヤ笑いと無表情を半々に混ぜた感じで掴みづらいけれど、世良の本能はなぜか「逆らうな」と告げる。ある意味丹波よりも厄介だ。
「……俺、ハーモニカじゃないス。ピアニカっす」
「え、なにそれ」
「ピアノとハーモニカの、相の子みたいな……」
「そんなんあんの!?」
うわー、うわー、と、石神が妙に興奮した声を上げるものだから、なんだなんだ、と丹波も戻ってきてしまった。
「俺もピアニカだったぞ」
スパイクの泥を落としながら、堺。
「俺はハーモニカだねー」
「え、なに、何の違い?」
キョロキョロする石神に堺が「お前ら田舎モンだからだろ。都会はピアニカなんだよ」と吐き捨てて、一斉に抗議の声が上がった。それは違うかも、と世良も内心思う。世良だって、わりと田舎の出身なのだ。
「あっアレだ、関西がピアニカとか? 世良お前、出身どこよ」
「いやー俺は、埼玉ス……。てか堺さん、もしかして関西の出身なんスか?」
「あ? 言ってなかったか?」
「堺さん大阪人だよ。たこ焼きの人だよ」
「えー、マジスか!」
そんなに大げさに驚くことかよ、と、堺は不機嫌そうに顔をしかめた。いや、堺はいつも不機嫌そうな顔なのだけれど。
「だって堺さん、バリバリ標準語じゃないッスか!」
「……別に大阪住んでても標準語くらい知ってんだよ」
「あのね、堺さんあれなの。生まれた土地なのに大阪の空気が合わなくて東京に逃げてきたの」
「石神ィ!」
「ほら、冗談通じないでしょー」
いやあ、なんて言葉を濁しながら、世良も堺が大阪出身なんて意外すぎる、なんて密かに考えていた。
ウケを狙う堺さん。たこ焼きをおかずに白米を食う堺さん。お笑いに厳しい堺さん。リアクションの派手な堺さん。阪神ファンの堺さん。道頓堀の堺さん。……想像がつかない!
「つうか世良、俺はお前も西の方出身だと思ってたんだけど、違うのか」
「へ? どうしてッスか?」
「なんか、電話で方言が」
「あー! 俺、アレなんス、父ちゃんと母ちゃんが広島で、兄ちゃん姉ちゃんたちも結構長いこと広島だったから家族全員微妙にあっちの言葉で……」
じゃけえの人かよ! と、丹波が例のごとく大げさに驚いて、石神は「仁義無いね」とか、よくわからないコメントをこぼす。
「ん? でも世良は埼玉生まれなの?」
「あ、はい。父ちゃんの転勤で広島から越してきたんスけど、俺末っ子で、俺だけ埼玉生まれなんス」
世良がそう答えると、
「「「あー、末っ子っぽい」」」」
ハモるし。
そんなに俺末っ子ですか、と思わず世良が問い返せば、3人が3人、繰り返し首を縦に振る。なんとなく納得がいかない世良である。
「そういえばさ、俺、初エッチした次の日がさ……」
「またそこに戻るんスか!」
作品名:BACK TO THE 1995 作家名:ちよ子