BACK TO THE 1995
のらりくらり、とまたあけすけな話題を繰り出してきた石神に、とうとう世良は勢いよく突っ込んだ。FWらしく。けれどそれを両手で遮って、
「いやいや聞けって。俺、初エッチした次の日、あれだったんだよ。大震災」
「あ……あー!」
丹波、堺、16歳。石神、15歳。
「俺、そんときの彼女の家でニュース見たの。朝飯食いながら。お父さんと彼女、揃って顔面蒼白だった」
「うっわ。そん時から図太かったんだ。……なあ堺、お前の地元どんな感じだったの?」
再び堺に視線が集まって、当の本人は、あー、と目を僅かに宙に彷徨わせた。堺が何か思い出そうとしているときの癖だ。
「家はまあ、元から何にもなかったからな。でもお袋の店がえらいことになってたな」
「やっぱ、そうなんスか……」
人に歴史あり。世良の知らない堺のエピソードは、31年分あるのだ……と考えると、なんだか遠いようで手を伸ばしたくなる。ああ、そうか、堺さんが気にしてるのはこの距離なのかも。
「1995年はいろいろありすぎたよな。俺さあ、あと1本違うとサリンの電車乗ってたんだぜ」
「え、サリン! 丹さん、そんな危ない目に……」
総理大臣のフルネームがちょっと怪しい世良だけれど、さすがにサリンは知っている。当時テレビで流れていた電車の中でビンをガンガン踏むVTRが未だにちょっとトラウマになっているくらいだ。
「俺、都内の高校通ってたからね。まあ時間的には既に遅刻だったんだけど、それで結局その日は欠席した」
「うわ、遅刻魔スか」
「ちげーよ! その日だけだっつの。偶然ってこわいよな」
世良は本当に丹波の遅刻がその日だけだったのかちょっといぶかしんだけれど、「偶然ってこわい」の言葉には、うんうんと頷いた。あと少しで墜落した飛行機に乗ることになっていた人の話とか、いつも聞くたびに身が震えてしまうのだ。
「俺もさー、親戚のオバチャンが、警視庁長官狙撃事件の犯人? だって最初言ってた警察官の顔、知ってたらしいよ。まあ、あれはよくわかんねえけどさ」
「狙撃されたんスか? 長官が?」
「あ、これは知らねえんだ」
犯人は自転車で逃げたんだぜ、と石神が言えば、世良はこえー、すげー、と思わず目と口をぱっくり開いた。その後でいけね、と口を手で覆うが、まあ、石神もその気持ちはわからなくはない。自転車で逃げるっていうその言葉の響きに、当時なんとなく石神も「すげえ」なんて思っていたのだ。
「そういえば俺、小学生んとき、下校途中にピアニカで『彰晃マーチ』吹いてて」
「何やってんだお前」
「だって流行ってたんス! ……で、知らない爺さんになんかすっげえ怒られたなあ。今思うと、小学生こええッスね」
「まあ俺も、ポア! とか言ってたよ」
「不謹慎だなァ」
実は胡坐をかいてピョンピョン飛び跳ねたりもしていた世良だけれど、堺の視線を気にしてそれは言わないことにした。
「……で、結局なんで堺さんと世良はピアニカなんだろう」
「そこに戻るんスか!」
気が付けば、更衣室にいるのはもう、この4人だけだった。廊下の向こうから遠く、「まだ残ってるやついるかー」と、松原コーチの声が聞こえてくる。そろそろ出ないと。
「まあ、あれだ。世良」
「はい?」
「今度広島弁で喋れよな」
「……戻りますねえ」
じゃあな、と、そうと決めればフットワークの軽い丹波と石神はさっさと更衣室を出て行って、残されたのは、実はまだ荷物をまとめていない世良と、堺の2人。
「……あの、堺さん」
「あのさァ」
2人そろって口を開いてしまって、世良は思わずむぐ、と口をつぐむ。体育会系だから、ここから世良がはじめに話し出すことは無い。堺もそれをわかっているから、黙り込んだ世良に先んじて自分が話し始める。
「……俺たち、案外、お互いのこと知らねえな」
「あ」
俺も、それ言おうとしてたんス。
世良の顔はぱっと明るくなったけれど、堺はぷい、と、やっぱり顔を反らした。
「……今日、うち来るか」
「行きます、行くッス!」
で、いろいろと話したい。堺さんのこと、自分のこと――
まずは各実家のお好み焼き文化の違いから、なんてどうだろう。そんなことを考えながら、世良はニヘヘ、と笑ったのだった。
作品名:BACK TO THE 1995 作家名:ちよ子