BACK TO THE 1999
ですよねー、と呟きながら、世良は菜っ葉とお揚げの炒め物をシャリシャリ噛んだ。堺さんはごま油で炒めてくれるから好きだ。
――。
「……いや、違いますよ! 今の答え確かにカッコいいけど、もっと別のことでお願いします!」
「あー?」
面倒くせえなあ、と、堺は漬物を噛んだ。ポリポリ、ポリポリ。そう言いつつも、なんだかんだで乗ってくるのが堺なのだけれど。
「99年っつうと余裕で寮生活だったしな……。あ、丹波がいたぞ」
「へー! 丹さんとはそのときから仲良くしてたんスか? 遊びに行ったり?」
「いや。あいつはよく出かけてたけど、俺は寮にいた」
「……そッスか」
どうもことごとく、ハタチ堺は世良の願望から外れていく。確かに世良は堺さんが大好きで大好きで、どんな堺さんであろうとも大好きだけど、それは恋人としての堺さんなのだ。恋人であると同時に、堺は世良にとって最高にカッコイイ先輩でもある。となると、少々の願望を押し付けてしまっても、仕方がないじゃないか。
一方その願望の対象である堺はと言えば、内心少々焦っていた。どう見ても、世良はがっかりしている。しかし思い出してみても堺はそれほど派手なことをしてきたわけでもなし、世良が喜ぶような武勇伝も、特に思いつかない。いや、世良が喜ぶ武勇伝ってそもそも何なんだ? そしてなぜ目を輝かせてやがる! 焦り苛立つ堺の脳裏には、一番最初に話していた、成人式に金髪ヒゲ紋付袴で出席した世良の姿がぼやぼやと浮かんできた。なんだ。ヤンキーか。酔って市長を殴るのか。そんな武勇伝を、俺は望まれているのか……?
「あー……そういえば、1回丹波と」
「丹さんと!?」
「……プリクラ撮った。酔って渋谷で」
「へっ。プリクラ……」
しん、と食卓に沈黙の帳が下りる。世良はどう返していいのかわからず、硬直している。堺は――
「……ちょっと、便所」
「あ、えと、はい」
***
結局その後、何度かトイレのあたりから壁に頭を打ち付けるような音がしたことはお互いに無かったことにして、ご飯を食べてごちそうさまをして1本だけDVDを見て、世良は寮に帰った。別に何か理由があってのことではなくて、この日は元からお泊りはナシという約束だったというだけだ。
ベッドにごろごろと寝転んで、世良は少し前からアドレス帳の『丹さん』のあたりをずっとカチカチしている。丹さんは基本いい加減だけれど、人の嫌がることに関してはマメだ。きっと、堺さんのプリクラも保存してあるに違いない。世良が頼めば喜んで見せてくれるだろう。しかし……
(駄目だ、やっぱそれは駄目だ)
ハタチの堺さん。今の世良より、2つも年下の堺さん。酔っ払って、同僚とハメを外すこともあった、堺さん。野次馬根性じゃなくて、世良はただ単純に堺の全部を見たいのだ。弱いところも、恥ずかしいところも、汚いところも、全部。
でも、やっぱり駄目だ。
(堺さんは、きっと俺にはまだ見せられないんだ。俺、ガキだから)
多分堺さんは、結構かっこつけだし。
堺さんが格好付けたいなら、世良はやっぱり、そのまま格好付けて欲しいし、格好付けさせてあげたいなあと思う。それが何もかも足りない自分に出来る、精一杯の愛し方かなあ、とも思う。
だから今は我慢だ。
アドレス帳の表示はすっぱり消して、世良は代わりにEZwebを開くと検索バーに『1999年』と入れた。
ノストラダムス。宇多田ヒカル。不祥事。コギャル。だんご三兄弟。通り魔。モーニング娘。……ああそういえば、父ちゃんと2人で『ガメラ』見たっけ。
溢れる世紀末の波の中に、世良はぼんやりと堺の影を探した。堺さん、ハタチの堺さん、1999年、あなたは何をしてたんですか。
その日世良は、夢を見た。
紋付袴をビシッと決めた堺さんは、11歳の世良の手を引いて、まるで流れ星のように早く走っていた。
後ろから追いかけてくる恐怖の大王とガメラが、ゴウゴウと火を噴く。目の前の道をふさいでいるのは、串に刺さった丹さん、ガミさん、堀田さんだ。
なんとも恐ろしい光景だけれど、ぎゅうぎゅうと引っ張られる手の先にある堺さんの背中を見て、世良は、ちっともこわくなんてなかった。
作品名:BACK TO THE 1999 作家名:ちよ子