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LOST CHILD

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 来いと命じられる代わりに持ち上げられるブランケット、その隙間に潜りこむ。
 屍蝋よりも血の気に乏しい首筋に力を込めてしがみつく。わずかな湿度が残る髪の匂いをかいだ。手触りを確かめる。完璧なシンメトリーをなす目鼻の配置をひとつひとつ辿る。
 薄い唇、わずかに上がった口角、その輪郭を指先にすべらせて少年は自らの唇を重ね合わせる。舌を出して表皮の味を知り、吸いつく。甘噛みする。ゆっくりと彼の瞼が上がっていく。
 そこに浮かぶのは情欲の炎ではなく、穏やかな苦笑だ。
「クラウド」
 答えなかった。少年は手探りで夜着のボタンを見つけ、ひとつめを外す。その手が捕らわれる。
「身体検査なら今日、ラボで受けた」
 眉をひそめたクラウドは、勢いをつけて男の腹に乗り上がった。
 彼は薄笑いを浮かべ横たわったままだ。
「……意地悪だな」
「人聞きの悪い。困らせているのは、おまえだ」
 男の笑みが深くなった。精密機械じみた冷ややかな容貌を、うっすらと体温のヴェールで覆うような微笑みだ。その言いようのないアンバランスさに、少年は我知らず手を伸ばす。
「クラウド」
 低い呼び声を吸いとり、石膏に似た肌触りの頬を撫でる。長い髪を自分の指に絡める。
 そして再度の口付けを試みると彼はなお笑い、少年の両手を拘束した。
「どうして?」
「そう困らせるな、クラウド」
 すると少年は口を尖らせ、
「ちっとも困ってなんかないだろ、あんたは。ただ面白がってるだけだ」
「そう見えるか?」
 うん。
 即答すると彼はさらに目を細め、捕らえていた両手をゆるめた。
 少年は男を見下ろす。視線が重なる。伸ばされた長い指で、前髪をかき上げられた。
 そして額からこめかみへと沿った手のひらが、頬を包む。
「オレを悪い大人にしないでくれ」
「悪くたっていい」
 少年は肘を折り、男の身体に寝そべった。すでに慣れた重さの腕が、背中へと回される。
「これは今のところ、なかなかに気に入りの抱き枕だ。壊したくはない」
「壊していい」
 かさねて訴えれば、宥めるように頭を撫でられた。
「悪い子だな、クラウド」
 
 
 官舎の中でもとりわけ奥まったフロアに位置する彼の私室は、まるでその居住者に倣ったかのように無機質で静かだ。強固な遮音壁に阻まれて外界の喧騒は届かない。ただ遠くハイウェイの明滅だけが、夜空の映し鏡となって人工的なまたたきを見せる。
「ここ最近の、オレの評判を知ってるか?」
 知らないと答える代わりに少年は首を振った。
「勝手の通る身分をかさに、まだ何も分からない子供まで手篭めにする、ひとでなしだと」
 クラウドは上体を起こし、
「気にしてる?」
「まさか」
 くっくっと喉を鳴らして笑う。鉄壁の無表情だと信じていたのは、直接に言葉を交わすこともなかった頃だけだ。実際の彼は、むしろ笑い上戸だとクラウドは思う。
「気にしたのはアンジールだろうな。これまでで最長の説教をくらった」
「あのひとが? 俺は何も言われてないけど。いつも良くしてくれるよ」
「そうさ。おまえにはな」
 あの慈悲に満ち満ちた男が、よもや哀れな 『被害者』 に詰問などするわけがない。
 ――そう友人を評する様子はいかにも可笑しそうだ。
「それで、あんたは何て?」
「ありのままを」
「信じてくれた?」
「どうだかな」
 途端にクラウドの目が不満の色をおびる。
「ひどいよ。友達なのに」
 だが男は気にする風もなく首をかしげ、
「おまえなら信じるか? オレがどこかの誰かに私室のキーを渡し、その訪れをただ待ち、夜通し抱きしめて同じ寝台に眠り、だがそれ以上は何もしていない……なんていう戯言を?」
「信じる。あんたが嘘をつくわけがない」
 魔晄の目がまたたいた。見返すとその眼窩に、ふっと睫毛のラインが落ちる。
「やっぱりおまえは子供だ、クラウド」
 その声を揶揄と受け取った少年はむきになって起き上がる。
「子供じゃない。もう十五だ。今度の夏には十六になる」
「それでもまだ、十六だ」
 少年は抗議を込めて男の耳朶を引っ張った。だが彼は無反応だ。
 ぎゅうぎゅうと渾身の力でも表情ひとつ変わらない。
「痛くないの?」
「どうかな。もっとやってくれ」
「変態」
 シンプルな罵倒に反論もせず、口角を引き上げる彼につられてクラウドも笑った。
 人並みの愛想ばかりか、脈絡にさえ欠けた男だ。
「俺の噂は知ってる? 何も分からない子供のフリして、英雄をたぶらかす悪党だって」
「それは間違ってないな」
 あっさり首肯する男に、何言ってるんだと少年は抗議する。
「間違ってるよ。全然たぶらかされてなんか、くれないじゃないか」
「……分かってないな、クラウド。おまえにねだられたら、何であれオレは拒む気がしない」
 常どおり低い声音で、ゆっくりと彼は言った。
「望むならいくらでも奪い、与えよう。地位も財も、数多の命も。この星のすべてを」
「そんなもの欲しくない」
 では何が望みだ。そう問いたげな男の鼻先をクラウドは悪戯につまんだ。
 注がれる視線を、まっすぐに見返す。
「分かってるだろ、セフィロス」
「悪い子だ」
 咎める言葉とは裏腹に、頬へと添えられる手は優しかった。
 その長い指にクラウドは自分の手を重ね、乏しい体温を確かめる。
 瞼を閉じた。そして彼我の温度差、その歴然とした違いを触れ合った肌で感じ取る。
「あと五年待て。おまえが大人になり、それでも望むところが今と同じなら……そのときは」
 彼の声には抑揚がなくただ静かで、魔法の詠唱と同じ響きだ。
「おまえの望むまま、すべてを奪ってやろう」
 クラウドは目を開けた。
「三年でいいだろ。十八歳なら、じゅうぶん大人だ」
「さてな」
 その返答に抗議を込めてわざと乱暴に倒れこんだ身体を、男に抱きとめられた。
 ひとつ大きく嘆息したあと、少年も腕を伸ばす。
「……その頃には、俺の気持ちが変わってると思う?」
 セフィロスは答えない。
 首筋へと回した腕に、少年は力を込めた。
「ずっとあんたが好きだ」
 大きな手がゆったりと少年の頭を撫でてゆく。
「あんたがそうしろって言うなら、何年だって……待つよ」
「いい子だ、クラウド」


作品名:LOST CHILD 作家名:ひより