別れの言葉
そこでようやく目が覚めた。
自分のベットの上、上半身を起こして肩で荒い息を繰り返していた。
全身から嫌な汗が噴きだし、頬を伝ってシーツに落ちた。
先程一度起きたあと、また眠ってしまったらしい。
直ぐに忘れてしまった一度目の夢とは違い、生生しく記憶に残る悪夢。
忘れたかった敗戦当時の記憶を繋ぎ合わせたような出来の悪いフィルム見せられ、俺は動揺を隠せなかった。
あの、己の無力さ。
あの、イヴァンの表情。
あの、兄が去って行く虚しさ。
あの、失ってしまった時の絶望感。
あの、取り戻すまでのもどかしい年月。
全ての歴史は自分を構成し、決して軽んじてはいけないモノだと知ってはいるが出来る事なら思い出したくなかった。
まだ脈拍が収まらない。
本当に恐ろしい夢だった。
音を立てない様、兄さんの部屋の扉を開く。
必要な物以外何もないシンプルすぎる部屋。
その一角に置かれているベッドの上で規則正しい呼吸をしながら丸まって眠る兄さんがいた。
洗って乾かした髪に土の汚れは無く、細身の体は優しい色合いのパジャマで覆われている。
スベスベとした頬にぱっくりと開いた傷はないし、その表情は安らかだ。
そっと、その頬に手を伸ばした。
身じろぎをしたが起きる気配は無い。
すやすやと寝息を立てる様は鬼神の如き攻撃を繰り返していた『プロイセン』の影を薄めた。
俺は兄さんがロシアで経験した過酷さを知らない。
また、兄さんも語ろうとはしない。
敗戦国に施される処置なんていい物である筈が無い。
言いたくないのだろう。
でももし、俺が聞く事で少しでも貴方の負担を減らす事が出来るのならば。
俺は―
「ぅ・・・ん・・・。」
ころりとベッドに転がっている兄はそんな俺の決心をまるで杞憂だと言わんばかりの幼い寝顔をしていた。
夢だったんだ。本当に。
俺は改めて時計を見直した。2:45。
まだまだこれから寝られる時間だ。
「おやすみ、兄さん。」
と小さく呟き、額にキスを落とした。
そしてもう一度そのあどけない寝顔を確認すると、入ったときのように音を立てずに部屋を後にした。
「おやすみ、ヴェスト。」
きっと朝が来れば怖い夢なんて忘れちまうさ。
だから心配なんかすんなよ?
完全に扉を閉められた部屋の中、ベッドの中のオストが笑った。
ロシアの居候中に夢見た暖かな毛布に包まれて。