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仮面ライダー烈戦伝 第1話

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今は住む者もいない朽ちた古城が見下ろす場所に、小さな村があった。崩れかけた石塀と土壁にかこわれたその家々は、一様に傾き、ただ地面にしがみつくように建っているようにみえた。

 畑はあるが、実りはわずかだった。木々は枯れ、花も咲かない。まるで瘴気が、この地にみちているようだった。

 そのトランシルヴァニアの村を、深い霧がおおいつくしていた。
 天には、もう数ヶ月も暗黒色の分厚い雲がたれこめ、人々は、太陽のすがたをわすれかけていた。

 その霧の中に、少女が立っていた。うすい金色の髪とコバルト色の瞳をもつ少女である。しかし、彼女のその瞳に生気はなく、破れたコートをまとった体はひどく痩せていた。

 彼女は、待っていた。毎日、ここで待っていた。
 その彼女の耳に、霧の彼方から近づいてくる音が聞こえた。そのエンジン音は、少女の近くで途絶え、ゆっくりとした足音が少女に近づいてくる。
 やがて、足音は、人間の姿にかわった。その青年は、ヘルメットをとり、長身をかがめて、少女と同じ視線になった。

 少女はみた。ウエーヴがかかった漆黒の長い髪、猛禽が翼を開いたような意志にみちた眉、高い鼻梁。
 そして、なにより、少女の目を惹いたのは、その青年の美しい切れ長の双眸に封じ込められた靱さと、激しさと、優しさが放つ輝きであった。

「おれを呼んだのは、君か」

 青年は、静かに訊ねた。
 少女は、震えていた。震えながら、おそるおそる頷いた。

「わかっている。おれを呼べ、とそそのかされたのだろう・・・」青年は、そうほほえみながら言うと、鋭気に富んだ視線で霧に潜むものどもをつらぬいた。「あいつらに」

 その視線の先にうごめくものがあった。
 全部で5体。青年は、失笑した。失笑ととともに立ち上がった。

「ワナにかかったな、タケシ・ホンゴウ」

 霧は、にわかに凶悪な思念にみち、その中からシルエットが生まれ、シルエットは、奇怪な実態をあらわした。

 肉食獣よりも鋭い牙と爪。切り立った両耳に全身をおおう黒い獣毛。そして、背中に開いた鉤つきの翼。しかし、彼らは、人間の言葉を操るのだ。

「おれの国に“鳥無き里の蝙蝠”という諺がある。たしかに、コウモリってやつは、鳥も獣もいなくなると穴から出てきて、我が物顔に振る舞うものらしいな。いや・・・それは、本物のコウモリに失礼か」ホンゴウと呼ばれた青年は、余裕と怒りに彩られた相貌を眼前の怪物たちに向けた。「トランシルヴァニアの吸血鬼伝説に名を借りた改造人間ども。ワナにかかったのは、お前たちのほうだ」

 青年は、5体の蝙蝠人間に激しい戦意をこめた指先をつきつけた。

「オレの名は、コマンダー・バット」人語をしゃべるコウモリは、そう名乗り、血をすすってきたほどに赤い舌を出した。「ワナと承知でやってきたのは褒めてやる。だが、お前の牙で、おれの翼を折れるかな」

 それが、合図となった。4体の怪物がいっせいに黒く禍々しい翼を掲げ、奇声とともに青年に襲いかかったのだ。

 だが、青年のベルトから猛烈なスケールの竜巻が発生し、怪物たちは、空中でその渦動に巻き込まれ、引き裂かれ、一瞬のうちに消滅してしまう。

「言うのが遅れたが、ザコの相手は嫌いだ」

 青年は、そう言い、凄みをはらんだ笑みを浮かべた。

 青年が人間を遙かに超えた力を有していることは、少女の目にも明らかだった。しかも、その力は圧倒的であった。

 この人なら、と少女は思い、かすかな光がその瞳に宿った。この人なら、この村を救ってくれるかもしれない。
 村長をはじめ、多くの人が目の前で惨殺された。まるでゴミを捨てるように殺された。
 そのうえ、両親を人質にとられ、この青年をおびき寄せることを命じられたあの日から、感じたことのなかった希望の火が、少女の胸にともった。

「き、きさま・・・」

 コマンダー・バットの牙が、憎しみと怒りにきしり、鳴る。

「わかったか。世の中、そうそう自分の思い通りにはならんということだ。ましてや・・・」青年は、右手の手刀を天に掲げた。「この地球に巣喰う悪魔の戯れ言など、永遠にかなえられることはない! そうさせないためにこのおれが・・・本郷猛はいる」

 本郷と名乗った青年の右手が自らの闘気を錬成し、増幅するように大きく旋回する。そして引き絞られた右手と交差するように、左の手刀が天に突き立った。

「ライダー、変身ッ!」

 その声と同時に音速を超えて駆け翔った本郷の肉体は、ベルトに受ける膨大な風圧をエナジーに変換して大きく変貌を遂げる。
 爆音と光芒が中天で炸裂し、本郷猛は、人智を超え、常識を超えた超人となる。

「おのれ・・・」天を見上げ、放たれる燦然たる光の矢に射抜かれながら、コマンダー・バットは憎悪をこめて叫んだ。「仮面ライダー!!」

「そうだ! 天に星があるように、地にはおれがいる。仮面ライダーがな!」

 仮面ライダーの超音速ジャンプから繰り出される超絶の蹴りが、コマンダー・バットの頭部を照準に捉える。山を砕くほどの破壊力が一点に凝縮されて、コマンダー・バットを直撃したと思われた。

 だが、ライダーが穿ったのは、大地であった。大地には、巨大隕石が落下したほどの穴が生まれ、過激な衝突エネルギーによって噴火口のように沸騰している。

「どこを狙っている」上空のコマンダー・バットが悪意を込めてせせら笑う。「超音速で動ける改造人間など、もはや世界にごまんといるのだ。お前程度の性能の改造人間など、いまどき、スクラップ工場でしかお目にかかれんよ」

 コマンダー・バットの赤い口から無数の糸が吐き出され、ライダーの五体にからみ、縛り上げ、動きを封じる。

「その糸はな、地球上のあらゆる金属をも切断する硬度をもつ。安心しろ、仮面ライダー。スクラップ工場には、責任を持って、このオレが運んでやる」

 もがき、ころがる。しかし、糸はさらに驚くべき収縮力をもってライダーの人工強化筋肉を締め上げ、徐々に脆弱化させていく。

「・・・!」

 思わず、ライダーから苦悶の声があがった。

 少女は、よろめいた。やはり、ダメだ、と思った。自分が、両親がそしてこの村が、この悪魔から逃れることなど、しょせん無理だったのだ。

 少女の心をふたたび絶望が支配した。少女の両眼に悲しみの涙が浮かんだ。

「いいのか、ライダー? オレは、次にこの娘を殺すぞ。逃がすのなら今のうちだぞ。それとも、自分のことで精一杯か?」

 勝ち誇るコマンダー・バットの下卑た声が、霧の村に響く。

 その言葉に、少女は、はっとなった。そうだ、逃げなければ。あわてて、もつれそうになる体をひるがえそうとした時だった。

「逃げるな、このおれを見ろ!」

 仮面ライダーいや本郷猛の放つ声だった。その声に引き戻されるように、少女は、ひきつった顔を振り向かせた。