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仮面ライダー烈戦伝 第2話

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騒音と熱風が大気をたたき、車輪が滑走路を離れる。また、数百名の旅人を乗せた旅客機が、翼を広げて駆け立っていく。
 遥かな海上には、小さな黒点が姿をあらわし、それは、しだいに航空機の姿になってアプローチの体勢にはいる。
 ヨーロッパ最果てにあるこの大空港は、今、ラッシュの只中にあった。

 流れゆく光景、流れゆく人々。
 停滞しない時の中で、女はすわることもなくエントランス・ロビーから見える滑走路を見続けていた。防音ガラスに映る顔は美しさと悲しみに彩られている。
 その後ろに、人影が立った。あふれんばかりの喜びとともに振り返ったその顔は、また失望の憂色に変じた。

 エアラインの女性職員は、慇懃な声と態度で女の名を訊ねた。女が、頷いた。その女の手に一枚の紙切れが手渡された。

「おれの姿は、空にはない。おれは、人の心の中に生きる。君が、おれの思い出を必要とするのなら、おれのことを覚えているがいい。そして、心の中のおれにさよならを言えるそのときが、君の頭上に祝福の鐘が鳴り渡るときだ。しあわせになれ」

 美しい英語でつづられた愛する人の文字が、そこにならんでいた。女は、その手紙の文字を、愛しさをこめた指先でなぞると、ふたたびロビーに背を向けた。
 ガラスの中の自分の頬をつたう涙。とまることがないほどの悲しみ。

 こうなることはわかっていた。あの人をつなぎとめることは誰にもできない。
 でも、彼女にはこうして待つことしかできなかった。

「冷たい人・・・」女は、ガラスに細く長い指を這わせた。「そして、やさしい人」

 その男は、彼女の危難に風とともに現れ、その命を鮮やかに救った。まるで千年も前に滅びてしまった遍歴の騎士のようだ、と思い、彼女は、こみあげてくる思慕と愛惜の激情を涙にたくした。

 男は、彼女に名前しか教えてはくれなかった。
 彼の名は、ハヤト・イチモンジ。

「おれは、人間・一文字隼人だ」

 その長身の青年は、彼女の記憶にその名と勇姿を残して去っていった。


 その一文字は、ロスアンジェルスの街路で不意に呼び止められた。
 すでに、彼の後ろには筋肉の鎧であみあげられた肉体に全身をおおったサングラスの巨漢2名が立っている。
 路肩によせた黒い高級外車の窓が開き、若いスーツ姿の男が一文字の顔を見上げた。

「そろそろ、お昼ですな、ミスター・イチモンジ。どうです、ご一緒にいかがですか。それとも・・・」と男は、薄い口唇を皮肉に歪めた。「改造人間には食事など無用ですか」
「シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ・グラン・クリュの1996年ものを用意できるか」

 一文字は、車の男があびせる不快感を超越したような相貌で、そう即答した。

「ほう、幻のワインと呼ばれたあの逸品をご存じか。ミスターは、なかなかの食通でもいらっしゃる。もちろん、ご用意しよう」

 仰ぎ見る男が周囲に張り巡らせた強固な壁に、自分の感情をはねかえされたことを感じて、車の男は、露骨な嫌悪をあらわにした。

「せっかく、食事を同席するのだ。名ぐらい聞いておきたいが」

 一文字は、ちら、と右後ろの巨漢を見ると、そう言った。

「これは失礼をした。私は、ロウヴァルトと申します」
「世界的な石油王にして国際的なIT長者か。どうりで見た顔だな」一文字は、美青年によく似合う笑みを口元に刻んだ。「これは、楽しい昼食になりそうだ」

 そう言うと、一文字隼人は、自ら車に乗り込んだ。


 ビヴァリー・ヒルズ郊外にあるロウヴァルトの豪壮な邸宅に、昼食は用意されていなかった。一文字は、ふたりの巨漢に退路をふさがれた状態で、そのなかの一室にとおされた。ソファに座らされると、対面に座した青年の後ろに巨漢の男たちが控え、出口がおさえられた。

「一代にして国家を買えるほどのカネを手にしたあなただ。さぞや、贅を尽くした料理を味わえると思ったのだがな」

 一文字は、心にもないセリフを口にすると、かすかな微笑みを浮かべた。

「その余裕が改造人間のゆとりというものかね」

 ロウヴァルトの顔には、高雅なスーツとは相反する憎悪がみちていた。

「拳銃の弾丸どころかロケット弾ですら傷つかない肉体。誰もがたたえる正義のヒーロー。それが君にその勝ち誇ったような態度をとらせるのだ」

 ロウヴァルトは、怒りをたたえた顔を一文字につきだした。

「君のことは、かなり調べさせてもらった。かつてこの星は、いくたびか侵略と征服の危機にあった。だが、その危機をもたらした巨大な悪から人類を守った数人の人々がいた。いや、全身の80%以上を改造された彼らを、もはや人とは呼べまい。機械と生体を合成されたサイボーグ。屈辱ではないか。人類は、そんな機械のかたまりに守られていたのだよ。その一体が君、ハヤト・イチモンジいや・・・仮面ライダーだ」

 眼前の一文字は何も答えない。その場の風景に溶け込むように、端座しつづけている。
その一文字の前のテーブルに、ロウヴァルトは、一枚の写真をおいた。

「その女に見覚えがあるな。EUにおける軍需産業界のシェアを独占するラッソー・バルゲー社CEOの娘リタだ。まさか、忘れたとは言わせんぞ。お前がその女を助け、そして・・・・その女の心を奪ったのは、つい2ヶ月前のことだ」

 怒りに指先をふるわせるロウヴァルトに、一文字は熱と抑揚のない声で応じた、

「忘れた」

と。

「ウソをつけ!」怒声が、部屋の空気をたたいた。「あの女は、リタは、おれの婚約者なんだ。そのリタが、一方的に婚約の破棄を告げてきた。このおれに、世界の富の数%を独占するこのおれにだぞ。お前のせいだ。全部、お前のせいだ。たかが改造人間のくせに」

 ロウヴァルトの人差し指が、一文字の顔につきつけられた。

「機械だらけの怪物のくせに!」

 狂わんばかりの怒りに自制を失ったロウヴァルトの声が、金切り声に近づいた時、部屋の外から、

「もう、やめて」

という声がした。
 ドアが開き、男につきそわれた女が、姿を現した。
 憂愁を総身にただよわせた美貌が、声にならない悲しみをこめて一文字の相貌を見つめる。その姿を、一文字は、あらためて美しいと思った。

「だから、国際問題になるのもかえりみず、彼女をこの屋敷に幽閉したというわけか」

 落ち着いた一文字の声が、ロウヴァルトをソファに座らせた。

「で、おれに望むものはなんだ」
「おれを改造人間にしろ」ロウヴァルトは、本気のようだった。「カネならいくらでもあるんだ。お前の性能を遥かに超える改造人間にしろ。そして、お前を斃す。そうすれば、リタの心は、またおれのもとに帰ってくる」

 自らの論理の矛盾にさえ気づかないほどに追いつめられた青年実業家の顔を、しばらく一文字は黙して見つめていた。

 何かを言わねばなるまい。そう思った一文字が口を開こうとしたときだった。

「いつまでおれを無視するつもりだ、一文字隼人」

 それは、ロウヴァルトが後ろにひかえさせていたボディガードの一人が発した声だった。低く暗い声であったが、一文字がかすかに驚きの表情を浮かべたのは、その声が日本語だったからである。

「トッド、お前が口を挟む場では・・・」