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仮面ライダー烈戦伝 第2話

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 ない、と言おうとしたロウヴァルトの眼前で、トッドと呼ばれたボディガードの拳と一文字の手刀が衝突し、電光が散った。
 おびえを顔面全体にはりつけたロウヴァルトが、あわてて飛び退く。その前に一文字が立ちはだかった。

「ひとつ聞かせろ。お前は、おれを改造人間だと見抜いていて、なぜついてきた」

 トッドという男に化けた何者かが、訊ねた。

「さあ、なぜかな・・・」一文字はかすかな苦笑を浮かべた。「ただ・・・この男の、ロウヴァルトの瞳に悲しみを見た。おれを呼ぶものは、みな同じ瞳をしている。悲しくて、寂しくて、辛くて・・・。だけど、助けてくれと叫べない人も大勢いる。口にすると、自分が壊れてしまいそうで怖いからだ。このロウヴァルトもそういう目をしていた。だから、おれは、来たのかもしれない」

 一文字のその言葉に、彼の背を見上げたロウヴァルトの両眼が大きく見開かれた。

「わからん。お前のいうことは、まったくわからんな」

 トッドの姿を借りた者は、そう言うと、変形をはじめた。
 黒のスーツとスラックスとネクタイが破け、サングラスが割れる。
 そこに現れた生物は、奇怪であるだけでなく、凶悪な波動を全身から放射しながら、大きく割れた牙だらけの口を開けた。

「おれは、コマンダー・スコーピオン。この世界は、お前のような不安定な感情の生き物にみちすぎている。そういうやからを根絶やしにするために、おれは来た。手始めに、噂に高い一文字隼人、お前を殺す。このロウヴァルトという男がお前を捜していることを知って、おれは、トッドという無能で無力な人間と入れ替わったのさ。そして、見事に、この男は役目を果たしてくれた」

 コマンダ・スコーピオンは、そう言い放つなり、禍々しく光る右手の鋏をふりおろす。 それを避けも受けもせず、カウンターの右ストレートで弾き飛ばす。コマンダー・スコーピオンの2メートル、400キロを越す巨躯が壁を瓦礫に変え、広間に転がり出る。
 立ち上がるところを蠍の甲殻を打ち砕かんばかりの一文字の強烈な蹴りが、脇腹に炸裂する。

 怪人の体内で、システム異常が発生したことをしめすスパークが迸り、コマンダー・スコーピオンは苦悶の声をあげながら、みじめに床を転がり回った。

「無能で無力な人間、不安定な感情しかもてない人間。お前は、そう言ったな。そういうお前もかつては人間だった。そういう弱い人間だったのだ。そして、お前は、そういう弱さを、お前を改造した組織に売り渡した。その代わりに手にしたもの、それが、その姿と力だ。だが、お前が売り渡した弱さは、じつは、お前が無限に強くなれるための鍵だったのだ。自分の弱さから逃げている者は、永遠に強くはなれない。自分の弱さに向き合った人間だけが、その弱さを克服し、真の強さを手に入れることができる。だが、お前は、自分の弱さを憎むことしかできず、本当に強くなれる機会をもっとも憎むべきものの手にゆだねてしまった」

 コマンダー・スコーピオンを見下ろしながら、一文字は、後ろで震えるロウヴァルトに語りかけている。

「お前はたしかに大きな力を手に入れたかもしれない。だが、その力で、お前ができることはたったひとつしかない。それは破壊。ただ、それだけだ。お前がその力にものをいわせてこの世の人間すべてを殺戮しつくしたとしよう。そうしたら、お前の力は、その後、何に使えばいい? 何の使い道もない。お前は無用の存在となり、組織に消される。力とは、しょせん、その程度のものでしかない。だが、安心しろ。お前たちにどれほどの科学力と資金と野望があろうと、人間は決して絶滅などしない。なぜなら、人間は、すべて“仮面ライダー”だからだ」

 一文字の声に、ロウヴァルトの全身の神経を、かつて感じたことのない戦慄が走り抜けた。
 それが熱い滾りのかたまりであり、感動と呼ばれる感情であることに気づいたとき、彼の見開いた両眼から涙があふれでた。

「おれは、ときどき思うことがある。おれは、改造されて、逆に弱くなったのではないか、と。おれは、戦っているとき、この力に酔っている自分に慄然となることがある。ただ、暴力を奮い、敵を殺しているだけ。おれは、改造人間としてのパワーに頼るときほど、自分が弱くなっていくことを感じる。敵に虚を突かれ、劣勢に陥る。そんなとき、おれは心の中に問いかけるのだ。一文字隼人よ、人間として戦え、と。人間の弱さは、不可能を可能にしてくれる最強の武器なのだ。そうして自分を戒め続けることで、おれは、巨大な悪に立ち向かうことができた。そういう弱さに悩み苦しみながら生きていく人間たち。だから、人間はみんな仮面ライダーなのだ」

 一文字は、動かなくなったコマンダー・スコーピオンの胸ぐらをつかみ、引き上げた。

「お前は、もう人間にはもどれない。おれの声も聞こえないし、理解できまい。だが、おれは、お前が人間だったことは忘れない」

 一文字のとどめの拳が、コマンダー・スコーピオンの頭部を撃破しようと繰り出された、そのときであった。

「あぶない、ハヤト!」

 リタの声が届いたときには、すでに一文字の表情は激痛にゆがんでいた。

 一文字の全身を灼熱の炎と熱感が押し包んだ。
 実際に、火災がおきたわけではない。コマンダー・スコーピオンの尾部にしこまれた毒針が一文字の背中を貫いていたのだ。

「一文字隼人、お前は弁が立つな。教師にでもなれば適職だったかもしれない。生徒は、お前が語る話にだまされ、ありもしない希望を感じたかも知れん。いずれ、おれたちに殺されることも知らずにな。いずれにせよ、職業選択を過ち、ヒーローなどになったがために、お前の命はここで終わる」

 コマンダー・スコーピオンは、必死に立ち上がろうとする一文字を醜悪な笑みであざけった。

「このおれの毒針にしこまれた毒に抗血清はない。しかも、この毒は、1ミリリットルで500万人を一瞬で殺すことができる。この毒液を、ほんのわずか、貯水池にたらす。その水を飲んだ人間どもの姿を想像してみろ。どうだ、なんとも効率の良い兵器だとは思わないか」

 一文字は、倒れない。膝をつきながらも、両眼から放たれる凄まじい光量は、彼の戦意のヴォルテージが逆に跳ね上がっていることを物語っている。

「見苦しいぞ、死にそこないが!」

 コマンダー・スコーピオンの蹴りが、一文字の顎をとらえ、高い吹き抜けの宙に飛ばされた彼の五体は、そのまま床に叩きつけられた。

「なぜ変身しない、一文字隼人。それとも、もうその力も残っていないか」

 怪人は嘲弄し、さらに立ち上がろうとする一文字にゆっくりと近づいていく。

「言ったはずだ、すべての人間は、仮面ライダーだと・・・」

 全身を焦がす激痛に耐えながら、一文字はコマンダー・スコーピオンに鋭気にみちた視線をたたきつけた。

「おれの力など微々たるものだ。改造人間でなければ守れない地球に、なんの未来がある。人を、大地を、この星を守るのは、人間自身なのだ。人間の中に仮面ライダーはいる。ひとりひとりにそれを気づいてほしい。その願いをこめて、おれは戦ってきた」