仮面ライダー烈戦伝 第2話
その声に応じるかのように、轟音が鼓膜を振動させ、コマンダー・スコーピオンの体にマグナム弾が着弾した。
一文字が振り返ると、そこにロウヴァルトがいた。
彼は、もう隠れてはいなかった。銃を構え、その照準器を眼前の怪物にあわせている。
「ロウヴァルト、お前はリタを愛しているか」
一文字は、訊ねた。
「愛している。心から愛している。だから、リタを守りたい」ロウヴァルトは、かすかな、しかし力強い笑みを浮かべた。「こんな銃弾がこの怪物に通用するとは思っていない。でも、私は、立っていたい。死ぬのなら、リタの盾になって死にたい。イチモンジ、君の声を聞いて、私は、そう思えるようになったよ。だって・・・」ロウヴァルトは、一文字を見つめた。「私も仮面ライダーなのだろう?」
「シュナイダー・・・」
リタは、涙を流しながらロウヴァルトの背中に抱きついた。
一文字は、そのふたりに一度、微笑みを贈った。心からの喜びが、その微笑みにこめられていた。
その微笑みが消え失せたとき、一文字の顔は戦士のそれに変わっていた。
「蠍の毒など恐れはしない。500万人を殺せる毒など使わせはしない。力では壊せないものがある。力では奪えないものがある。それをもつもの、それが人間だ。そして、人間が人間である限り、貴様たちが跳梁する世など決してくることはない」
コマンダー・スコーピオンの恐怖に見開かれた両眼の中で、一文字隼人の両腕が二本の手刀に変わった。その手刀が風を悠然と巻き込みながら拳となり、胸の前で闘志をあらわす型をなした。
「変身ッ!!」
栄光と勝利を呼ぶ雄叫びとともに、一文字隼人のベルトにあらわれたタイフーンがトルネードのような風の渦流を生み出す。それは周囲を漂白する一瞬の光とともに彼の全身を無敵の鎧甲へと変貌させた。
「き、貴様、おれの毒をうけて、動けるのか・・・!」
絶望を混入させたコマンダー・スコーピオンの声が虚しく響く。
「貴様の毒は、おれに苦しみしか与えない。だが、人間は苦しみだけではなく、悲しみにも耐えることができる。だから、その彼方に昇る太陽の輝きを笑顔で仰ぐことができるのだ」
おれは、人間なのだ、コマンダー・スコーピオン!
仮面ライダーの声は、自ら発生させた超音速のソニック・ブームの中に消えた。飛距離をとらずとも瞬間的に発動させうる必殺の蹴りがマッハ10もの速度でコマンダー・スコーピオンに激突する。それは、凄絶な斬撃となって蠍人間の頑強な体を鮮やかに両断した。
「ライダー・キック!!」
その残骸がタイフーンの放つ竜巻によって、窓を突き破り、天空に弾け飛ぶ。
コマンダー・スコーピオンは、その空の果てで爆音とともに一閃の光に還元し、消えた。
そのまま、去ってゆこうとする一文字の背中に、ロウヴァルトは、声をかけた。
「私とともに歩んで欲しい・・・といっても、君はゆくのだろうな」
その声に、一文字は、半身を返し、信じられないほど優しい笑顔を浮かべた。そして言った。
「今のあなたには、リタがいる。ほかに必要なものなどないはずだろう」
そうだったな、とロウヴァルトは答え、リタの手をとり、一文字の手を握らせた。
「リタを守ってくれたこと、生涯、忘れない」
ロウヴァルトは、言った。
「ハヤト・・・」
リタが枯れることのない涙で頬をぬらしながら、英雄の名を呼んだ。
「おれの名は、風だ。でも・・・その名を忘れられるようになるまでは、おれは、その人たちの心の中を吹き抜けていたい」
一文字隼人が去っていく。何も望まず、彼に出会うすべての者の胸に命をかけて何かを刻み込み、去っていく。
こんなにすごい男たちが、ほとんどの人に知られず知らせもせずに戦い続けている。
シュナイダー・ロウヴァルトは、幼い頃、自分を助けてくれた男の名を忘れてはいなかった。
「おれは、仮面ライダー2号。一文字隼人!」
あの声があるから、今の自分がいることを彼は、懐かしさの額縁のなかに思い浮かべることができた。
仮面ライダーと名乗った男の強さは圧倒的なものだった。少年は、目を輝かせた。仮面ライダーになりたいと思った。
自分の身長は、あれから大きく伸び、心はいつのまにか驕慢に支配されていた。だが、一文字隼人が変わらないのは容姿だけではなかった。その勇気、その意思そしてそのやさしさ。すべてが、あの時のままだった。
正義とは貫きつづけなければ正義とはいえない、ということをロウヴァルトは、今、去りゆく背中から学んでいる。決して折れず、たゆまない心。それを知るとき、人は自分がこの世に生を受けた意味を考えさせられる。
時代や社会がどれほど変わろうと、人間は光を求めずにはいられない。だから人間は、正義への熱い憧憬に胸を焦がす。
改造人間になり、老いることすらできなくなった彼らは、その正義を半永久的に掲げ、人知れず人類に光の道を切り開き続けるのだろうか。
その気の遠くなるような道程を、ロウヴァルトは感銘とともに思った。そして、一文字隼人という男は、自分などが初めからかなう相手ではなかったことを、さわやかな思いでかみしめることができた。
そんな仮面ライダーに、自分もあこがれた。
なぜ、仮面ライダーになりたかったのだろうと自問してみる。今の彼には、答えをすぐに出すことができた。
(あのとき・・・理不尽な苦しみを強いられている人たちの杖になりたいと思った。そうだ、だから、私は、今からでも仮面ライダーになれるのだ)
小さくなっていく一文字の姿に、あの頃の自分の夢が甦る。
「夢はまだ終わってはいないな、リタ」
そう少年の瞳で呼びかけるロウヴァルトに、寄り添うリタが美しい笑顔で頷いた。
作品名:仮面ライダー烈戦伝 第2話 作家名:悠崎 仁