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仮面ライダー烈戦伝 第3話

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分厚い雷雲が、都心の上空にひろがっていた。
すでに、イオン化されつつある大気が視界を薄い紫色に変えている。不気味に蠢動し、生き物のように成長する暗黒が、昼を夜に変え、巨獣のうなりに似た雷音が間断なくひびいている。
風見志郎は、超高層ビルの最上階にいる。この地が戦いに適していると断じたからではない。彼のおかれた状況では、ここで戦う以外の選択肢はなかったのである。
昼時のオフィス街の雑踏をねらい、5体の怪人が都心に出現していた。彼らは、耳まで裂ける口にびっしりと生える牙を愉悦の声とともに上下させながら、笑い続けていた。そして、笑いながら、1時間弱の間に100人以上の生命を血にまみれた肉塊に変えていた。
彼らを待つ家族や恋人がいたはずの100人以上の生命は、ただ風見志郎を誘い出すためだけに殺戮されたのだ。
怪人の放った鎌が、惨殺された母親の亡骸にとりすがって泣き叫ぶ幼子にブーメランの軌跡をえがいて迫る。その時、「ハリケーン」のエクゾースト・ノートが雷鳴をつらぬいた。
襲い来る鎌の間合いに疾風となって飛び込んだ風見志郎の手刀が、真空を呼ぶほどの閃きとなって、鎌をあざやかに弾き返す。
そのまま、一気に時速300キロに加速した「ハリケーン」の激突によって、怪人を容赦なく跳ね飛ばす。
風見は、バイクを降り、彼が救った男の子のそばに、そっと片膝をついた。
「おか・・・あさ・・・んが・・・動かなく・・・なっちゃった・・・の」
声にならない嗚咽が、涸れることのない涙とともにあふれでる。思わず、風見は、その子を抱きしめた。
「・・・お母さんの名前を教えてくれないか」
「しろた・・・さと・・・こ」
風見の怒りにふるえる声が、背中に聞こえる。その声に、子供は、泣きじゃくりながら、そう答えた。
風見は、そこに散乱するおもちゃのひとつを震える手でひろいあげた。
買ったばかりの機関車のおもちゃ。それは、衝撃のあまり、ひび割れていた。
おそらく、この子にねだられたものなのだろう。この子が大好きなおもちゃなのだろう。この子の笑顔が見たくて、買ったものなのだろう。
これは、この母親の偽りなき愛情の証。
だが、この母親は、それを自分の手でこの子にわたすことは、もう永久にできないのだ。
おれのために、おれを誘い出すためだけに奪われた命。
その無惨な姿が、彼の眼前に横たわっている。
「・・・お母さんのこと、好きか?」
うん、と大きく頷くその子に、風見は、ヘルメットをぬぎ、わたした。
「しばらく預かっていてくれないか」
そう、風見は言った。その子供のつぶらな瞳の中で、眼前の青年のつつみこむような優しい笑顔が映った。
「君のお母さん・しろたさとこさんが言ってるんだ。君を守ってくれ、と。君が、大好きなお母さんの分まで生き抜くために、おれは、君の体に傷一つつけさせはしない。君に預けたこのヘルメットにかけて、おれは誓う。おれにたくしたお母さんの思いは、絶対に違えない。だから・・・君は、お母さんのそばにいてあげるんだ」
胸が張り裂けそうに悲しいだろう、狂いそうなほど辛いだろう。
そういうときは、大きな声をあげて泣いていいんだ。お母さんの想い出を抱きしめて、思い切り泣くがいい。そいつは、恥じゃない。
そう、風見志郎は言った。
「おにいさんは・・・?」
おれか、と風見は言いながら、ゆっくりと立ち上がった。
立ち上がった彼の相貌を、閃いた雷光が、浮かび上がらせた。その顔は、もう微笑んではいなかった。
嵐の到来を予感させる強風に、獅子のたてがみを思わせる漆黒の長髪をなぶらせ、切れ長の双眸が、きらめく稲妻を映して黄金の輝きを発している。
それは、さながら怒りを体現した仁王像をすら彷彿とさせた。
「おれにはやらなければならないことがあるのさ」
風見志郎の凍りついたような表情の中で、口だけがそう動いた。
100人の命。愛しあう親の愛の結晶として生まれてきた100個の命。そして、その100個の命の無事を今も必死に願うそれ以上の人々の思い。
だが、100個の命たちは、彼らを待つ人たちのもとに帰ることは、ないのだ。
その現実を前に、風見志郎のなすべきことはひとつしかなかった。
「弔いをしてやろうと思うんだ、おれなりのやりかたでな・・・」
そう呟いた彼は、5人の怪人どもを引きつけるべく、超高層ビルの屋上へと戦場を移したのである。
ここ以外に、被害を最小限に食い止めうる場所はなかった。
「意外に早いお着きで驚いたよ。おかげで、たった15人しか殺せなかった」
コマンダー・マンティスは、巨大なカマキリの鎌をふりたてて、せせら笑った。
「だから、お前は無能だと言われるんだ。おれは、18人殺したぜ。しかも、全員首をはねてな」
コマンダー・スパイダーが、背中からつきだした8本の肢をふるわせて嘲笑する。
「あら、獲物は量より質よ。あたしは、5人。でも、みんないい男ぞろいだったわ、そう、殺したくなるくらいにね」
金色の複眼に偏執的な光をためて、コマンダー・キラービーが女の声で言った。
「お前たちは、しょせん無能なだけでなく無力な人間しか殺せない。おれが殺したやつらは、全員自衛隊員だった。やつらは、武装していた。おれの場合は、正当防衛さ」
狡猾と粗暴さでできているかのような怪人・コマンダー・ジャッカルは、そう言うと、自慢げにコマンダー・スタッグビートルの胸ぐらをつかんだ。
その剛毛におおわれた腕をはらいのけると、
「誰が最強かは、後でゆっくりと決めようじゃないか。それより今は・・・この風見志郎と遊んでやらなきゃいかんだろう」
コマンダー・スタッグビートルは、そう言って、下卑た笑いを放った。
風見志郎を押し包んだ5人の悪鬼、5匹の悪魔。彼らを前に、風見は、静かに言った。
「ごたくはいい。かかってこい」
その声に、コマンダー・マンティスの嘲弄は、怒りにかわった。
「なんだと。かかってこいとは、誰にむ・・・」
向かって、と言おうとしたコマンダー・マンティスの顔面に風見の拳が衝突する。一瞬の、しかも回避不能の速度と重みをこめた右ストレートだった。
吹き飛ばされ、コンクリートの地面に叩きつけられたコマンダー・マンティスが、信じられぬ、という顔でよろよろと起きあがる。そこを、風見の回し蹴りが痛打をあたえ、ふたたび、その醜い姿を地面に叩き伏せる。
コマンダー・ジャッカルが、ちっと不快な舌打ちをした。
怪人たちの顔から、余裕と快楽にみちた暗い笑みが同時に消え失せた。
「5体がかりでかかってこいと言っている。遠慮することはない。それとも、殺されるのにも順番が必要か」
風見の声には、死の香りが漂っている。臨界にまで抑圧した凄絶な怒りの炎が、その双眸に闘気の輝きをともしていた。
「前時代の改造人間が、吠えるな!」
5体の怪人が飢えた獣のように、いっせいに風見に飛びかかる。
だが、吹き飛ばされたのは、怪人たちのほうだった。風見の繰り出す拳が蹴りが、信じがたい速度で激突し、怪人たちは風見の体に触れることすらかなわずに、討ち倒されてしまったのだ。