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ジレンマ

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じろーとオレを呼んで笑うアイツが好きだった。いや、今でも大好きだ。この心から消えることはない。
けれど、今はこの想いを封印する。
すぅと息を吸って、吐く。持っていた眼帯を見つめて顔につける。
もう此処にいるのは帝国学園の佐久間次郎。鬼道さんに忠誠を誓う男。
過去など、もう捨てる。

「佐久間、行くぞ」

こんこんと扉が鳴って源田の声が外から聞こえてくる。
その声と同時に机の上に立っていた写真立てを倒した。

「あぁ、分かった」

目的地は雷門中学。アイツのいる学校。








出会ったのは幼稚園の時だった。
オレを見たときに大きな目でオレを見て笑って、名前を名乗るアイツにオレは仄かに恋をした。
本当に淡いからあのときは全く気づいてなくて、いっつも笑顔だなとか慌ただしいから目が離せないななんて思っていていた。
でも側にはいつもナイトのようにいるやつがいた。
昔のアイツは変わらず元気で無茶ばっかりしていたが、その分泣き虫だった。
怪我も絶えなくて、いつもあのナイトはなにしてんだよ、だめだろう? なんてアイツは怒って笑う。その笑顔が小さい頃のオレは無性に嫌いだった。
多分そのときのオレは薄々気づいてたんだろう、あのナイトはアイツが好きだってことを。それで毛嫌いしてたんだ。
アイツは仲間から外れていたオレをいつも誘おうとしていた。じろーいっしょにあそぼうぜって笑って、正直一緒に遊びたいと思っていた。
けれどそのたびに思いとどまった、それもあのナイトがいるからだ。いつもオレを睨むように見ていた、もうあのころからアイツへの想いなど自分で気づいていたんだろう、オレがアイツを想っていたことも、だからオレがイヤだったんだろう、オレは自分の想いに気づいてなかったって言うのに人には気づかれていただなんて滑稽だな。
でも一度だけ遊んだことがあった、偶然にも休みの日に会ったんだ。
アイツはオレを見るなり笑顔で駆け寄ってきて抱きついてきた。じろー! あそぼーぜ! っていつもの決まり文句を放って。
オレは驚いて周りを見るが、誰もいなかった。珍しいと思っていた、一人なんてあまりにないことだったから。
いつもなら、イヤだと言うのに、何故だろうこのオレより小さいからだをはねのけることが出来なかった。
気づいたら、こくんと頷いていて、アイツはまた笑顔でやったーって喜ぶんだ。
一緒にサッカーをして、オレはキーパーだから蹴ってこい、なんて言って、言われた通りに蹴れば、アイツは目を輝かせて駆け寄ってきて、じろーすっげぇ!!! すっごいよ! なんてオレに言うから、オレはだんだん恥ずかしくなっていくのがわかる。
笑顔がまぶしかった、でもその笑顔が心地よかった。
思わず笑ってしまえば、アイツはまた喜ぶ、じろーの笑顔初めて見た! きれいだな! なんて恥ずかしいことを言うアイツにオレは思わずうるさい、なんて額を叩いて抱きついていたアイツを離す。
正直イヤじゃなかった。それは秘密の二人だけの時間。
あのときだけの短い時間。

次の日、オレは引っ越しした。







「どうした佐久間」

不意に入ってきた声に驚いて顔を上げれば、源田がオレを何故か心配そうに見ていて、オレは思わず舌打ちしそうになりながら何でもない、と言い放つ。
そうだ、今は雷門に向かう車の中だった。余裕そうに笑っている奴らがいる中、ふと深く昔を思い出しすぎていたみたいだ。
そうか、と終わると思っていた源田は、そのまま次の言葉を言った。

「少し笑っていたぞ」

と。
オレは驚いて源田を見る。源田は何故か少し嬉しそうにオレを見て笑っていた。

「おまえもそうやって笑うことが出来るんだな」
「…………お前はオレの母親か」

無性に恥ずかしくなってそう吐き捨てれば、源田はまた笑ってもう何もいわなくなった。
最悪だ、アイツのことを考えていたからか?
手で顔を覆って、精神を集中させる。こんなことで顔を崩すとか最悪だ、今からオレは表情を崩してはいけないんだから。
今から戦う雷門にはアイツがいるんだから。

「さて、今日の作戦について話すぞ」

上座に座った鬼道さんが声を出すと、車内の声がぴたりと止んで背を正して鬼道さんを見る。
ゴーグルに阻まれた目は見えない、冷酷な目で見ているのだろう、そんな鬼道さんにオレは着いているんだ。鬼道さんはオレの全てだ。この人ほどすごいと思った人はいない。全てが完璧でこの人の言うことなら何でも聞いてもいい、この人の後を着いていけばオレはオレたちはより一層高みにいける、そう確信している。
それだけの凄さがこの人にはあった。

「なんでこんな試合をするのか、という気持ちがあるのはわかる。勿論雷門は格下の格下だ。戦う価値もない、が、ここには元木戸川清修の豪炎寺がいると言うことがわかった、アイツを引きずり出してデータを取るのが目的だ。他はどうでもいい」

他、を聞いてアイツを思い出す。渡された資料にはアイツがいた。名前もだが顔を見てすぐにわかった。全く変わってなかった、相変わらずサッカーをしていたか、と少し嬉しくなったの覚えている。
引っ越しをして、アイツに誉められたことが忘れられなかったのかオレは小学に入ってからサッカークラブに入った。
今を思えば誉められたということよりもアイツとの一つしかない繋がりを断ち切りたくなかったんだろうな。
それからいつしか帝国学園からスカウトがくるまでになっていた。
あぁ、皮肉なもんだな、アイツとの繋がりのサッカーでオレは今からアイツを打ち砕くんだ。

「さぁ、着くぞ」

鬼道さんの声を聞いて、オレは立ち上がる。
さぁ、過去を打ち砕こう。
……オレには過去はもう必要ない。
車が止まって扉が開く、オレは帝国学園の佐久間次郎だ。






雷門のメンバーと対面する。その真ん中に驚いたようにオレを見るアイツ、円堂がいた。
どうやらオレを覚えていたみたいだな。それほどオレも変わってないってことか。
すぐに視線を外して一度全員を見ようとしたとき

「お前……っ!」

そんな声がオレの耳に届く。この声はまさか、と思って見れば、円堂の横にいたのは……小さいころもいつも円堂の横にいたナイト、風丸だった。
聞いていない、どういうことだ。
そうか、確か雷門は人がいないといっていた、サッカーをするために助っ人を集めている、と。鬼道さんは全ての資料は集めていたが、所詮寄せ集めのチームだ、といって助っ人のデータは渡されていなかった、オレたちもいらないと思っていた、どうせスゴい奴などいない、全て打ち負かすのだから、と。
そうだ、よく考えたらいるなんて想定内だ。けど酷く驚く。
……またお前はと円堂と一緒にいるのか。
思わずギリッと歯を食いしばってしまう。
過去を決別しようとしたのに、どうしても悔しいと思ってしまう。

「どうしたんですか、佐久間さん」

横にいた成神の声がして、オレは何でもない、と平静を装う。円堂と風丸を一度見てからもうオレは視線を合わせなかった。
見たくないと思ってしまった、あぁ、さっきまでのオレはどこに行った!
すぐに簡単なアップをする。雷門は呆然とオレたちを見ていて、あの反応じゃ楽勝だよなと辺見が笑っていた。
作品名:ジレンマ 作家名:秋海