フードアンドエトセトラ
サファー(女の子と臨也)
こんこんと控えめなノックの音に私が返事をすると、ミルクティーとホットケーキを持った父が入ってきた。私のそばまで歩いてくると、教科書などが広がってない場所にそれを置き、懐かしいのやってるね、と私が説いていた数学の教科書を眼を細めて眺める。私は匂いに誘われてホットケーキに意識が向いていたのだけれど、それを少し父が笑っているのに気付き、父のほうを見上げた。おなかすいてるよね?と言う父にありがとう、と返すと父はうん、と呟いてから私のノートをぺらぺらとめくった。
「懐かしいなぁ。中学って、こんなのやってたっけ。」
私は父の言葉を聞きながらノートと教科書を横へどける。消しカスをはらって机の上においてある小さなゴミ箱に入れながら、シャープペンをしまい、チャックを閉めた。今は問題よりもホットケーキのが大事なのだ。バターが熱で溶かされシロップが垂れている様子が何とも食欲をそそる。きゅうと胃袋が鳴き、私は机の上をあらかた掃除し終えてからミルクティーに口をつけた。甘さもちょうどよく、ほっと息をつく私をみて、父が開いていたノートをわきに置いた。
「わかんないところとかない?」
父は机の横に置いてある組み立て式の椅子の上に座ってそんなことを尋ねる。
私は自慢じゃないが、成績は良い方だと思っている。テストの順位も決して悪くないし、ただ英語はちょっと苦手だけれど、それ以外で悪い点もあまりとらない。父はテスト週間になるとあいた時間に少しだけ勉強を見てくれるのだが、誰かと違って教えがいがあって楽しい、と眼を細めていた。確かに母に尋ねても要領を得ない答えが返ってくるばかりなので、私の成績が良いということの一端は、父がになっているんだと思う。
幸い今回のテストの範囲でわからないという場所は少なく、大丈夫と私は笑ってホットケーキにナイフを入れた。
柔らかな甘みが口中に広がり眼を細めている私を頬杖ついて眺めながら、徹夜は頭の回転を悪くするから、あんまり遅くまで起きてない方がいいよと柔らかな口調で父が言う。
うんと、私は頷いて、そこで私は渡し忘れていたプリントのことを思い出した。
「あ」
「なに?」
「母さんもう寝ちゃったよね」
「うん、ついさっきね。疲れ切ったみたいで」
何か含みを持たせた言い方だなあと私は思うが、ここで変に突っ込むと後悔するのは私のほうなので深くは聞かない。鞄から折りたたまれたプリントを出し、これ、明日までに印鑑と親の署名が必要なんだと父に伝えた。母は朝に弱いから、渡し忘れてしまったのは結構痛手だ。これがないと私は合宿一ついけなくなってしまう。
父はふうん、とプリントを眺めそれからにこっと笑った。あ、よくないこと考えてる、と私は直感的に思うがこれまた面倒なことになるので深くは突っ込まない。
「じゃあ、渡しておくよ。」
父は悪戯を思いついた子供のようにクスッと笑い、上機嫌に部屋から出ていこうとする。そんな父の後ろ姿を見ながら、母さん明日大丈夫かなぁと心配する私だった。
作品名:フードアンドエトセトラ 作家名:poco