フードアンドエトセトラ
ディナー(女の子と静雄)
部活を終えて家に帰ると母がキッチンで夕食の支度をしていた。昔こそ、ご飯を作ることを面倒で片づけて、出前を取ったりファーストフードを取ったりすることが多かったようだったが、私と食事を取るときはちゃんと食事らしい食事をしようと心がけるようになったようで、少しづつ料理をするようになったと随分前に父が話してくれた。
父とは違い、細部にこだわった料理というわけではなく、切り方も味付けも大雑把なものだったが私はとても満足している。基本的に食事関連は父の仕事だったが、今日は父は仕事でいないようだったので母がしているのだろう。ただいま、と声をかけると母がキッチンから顔を出しお帰りと笑顔で迎えてくれた。
制服のまま母のほうへ行くと、キャベツともやしとピーマンが塩コショウで炒められていた。私の好きなマリネも並んでいる。そうやって今日の夜ごはんを確認してから、私は一旦部屋へと戻り制服から家着に着替えた。それからバスルームで手をしっかりと洗い、母のもとへと戻る。芳しい香りにぐるぐると胃のあたりが鳴くのを聞いてなのか、含み笑いをした母が、皿出してくれと私に頼むので、気恥ずかしさを隠すように私は白くて大きい皿を出し、母の横に置いた。ついでだからと冷蔵庫を開け、朝の残りを取り出していると、自然を装いながら母が口を開いた。
「学校はどうだ」
野菜炒めに目線を落としたままの母がちょっとばかり詰まりながらそんなことを聞いた。私はおかしくて少し笑ってしまいそうだったけど、楽しいよと答える。そうか、と答える母は安心したような声音で笑ったようだった。両親の高校時代の話は掻い摘んで新羅から聞いていたので、もしかしたら心配されているのかと私は思った。別に私は、サッカーゴールを投げ飛ばすこともできないし、学校にサバイバルナイフを持ちこむ趣味もないので今のところ学校生活は安泰だ。ただ、池袋で有名な母の名字をついでいるから、そのことで好奇の視線に当てられることもないとは言わないがそれでも喧嘩を売られたり呼び出されることもなく、平穏無事な毎日を送っている。
母はそれきり料理に集中してしまったようで、私に話しかけることはなかった。怒りやすい性格のせいで勘違いされやすいが、母は雄弁ではなくむしろ寡黙な部類に入る。黙々と野菜を炒める母の横で、私は今日の家庭科の授業で作ったカップケーキを三つキッチンに出し、母を見上げた。
「これ、今日の家庭科で作ったんだ。」
母は目をぱちくりさせて、それから少しだけ顔を赤くしてありがとうといった。どういたしまして、と私はくすくすと笑う。誤魔化すように咳払いをした母は、野菜炒めを大きな皿と小皿に分けた。言わずもがな、父の分だ。
黒く細長い箸を並べ、茶碗を置き、私のカップケーキを添える。普段父のご飯の準備などしない母が珍しくこんなことをしているのだから、父の反応は見ものだろう。それを想像して、私はまたくすくすと笑う。
母はどうして私が笑うのかわからない様子だったが、冷めるから食うぞ、と私の頭を小突いてから声をかけ椅子に座った。私も向かい側の席に座り、行儀よく手を合わせて見せる。
「いただきます」
母と二人だけの食事はとても静かだ。
父が加われば賑やかにはなるが、この静けさも好きだなんてことを、私は、胡椒の効いた野菜炒めを食べながら考える。
作品名:フードアンドエトセトラ 作家名:poco