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いつかの寓話

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ここではないどこか、今ではないいつかの話。


そこには、何もかもを「思うだけ」で作り出すことのできる男がいた。
男は、黒い髪に赤に近い目のすらりとした美男子で、この世に思い通りにならないことはなく、まるで神様気取りであった。
最初こそ男は、人々に農具を与え家畜を与え、平和で幸せな日々を作って見せた。人々は男に感謝し、男を頼った。しかし、人間とは不思議な生き物で、あまりに平和な日々が続けば、どうしても「退屈だ」と感じてしまう。
誰かがふと「つまらない日常だ」と呟く日を、男は密かに待っていた。そうして誰かがそういったとき、ついに男は本性を現す。



「そうだろう、そうだろう、そうだろう!変化のない日々なんか、三日で飽きるのさ、あたりまえだけどね」



男は嵐を作り、地震を起こし、戦争と憎しみをばら撒いた。
もともと男はそれを楽しむ為に、先に人々に幸福と平和を与えたのだ。幸せを知らない人間は絶望も知らないから、それではおもしろくないだろう?
男は人間の、壊れていく様子が好きだった。愛していたといっても過言ではない。悲しみと苦しみの底であがく様子も、それらから逃れる為に崩れていく思考回路も、どんどん追い詰められて変わっていく表情、目つき、そういうものを愛していた。
男はその世界で、気まぐれで残酷な神だった。人間同士が互いに憎みあい、殺しあうように仕向け、高みの見物を決め込む。そういう最低な男だった。
ある日男は、ふとした気まぐれから、自分の身の回りの世話をする少年を雇うことにした。単純に、家のことをする時間を人間観察にあてたくなったからだ。
戦火の町をさまよっていた、戦災孤児を一人拾った。給料など出すつもりはなかったが、争いとは無縁の家に三食付で住めるのだから十分だろう。少年は大人しく拾われてきて、男の世話をきちんとこなすようになった。男は、名前がないと不便だと思い、少年に「帝人」という名前を作った。
最初のころは、男にとって少年は完全にどうでもいい存在だった。何しろ町には戦災孤児など溢れていたから、この子がだめならまた他の子供をつれてくればいい。なぜ子供かといえば、扱うのが楽だったから、それ以外の理由は何もなかった。ただ、いつの間にかできている料理や、毎日きちんと掃除される部屋や、散らかした書類を整理しようとしている少年の姿をみて、ちゃんと仕事をしてるなと確認するほんの一瞬しか、男の意識は少年に向かなかった。
そんなある日のことだ、男は珍しく体調を崩して、熱を出して寝込む羽目に陥った。ああ全くついてない、何て思いながら、腹いせに嵐を呼んで憂さ晴らしをしていた男の額に、少年の冷たい手が触れた。
看病という概念のなかった男は、少年が何をしに来たのかわからない。不審に思って表情を歪める男の、その表情を少年が熱による苦しみと判断する。冷たい布をその額に乗せて、大丈夫かと問う。男は何が大丈夫だと言うのかわからず、ただぼんやりと少年を見返した。
この子は、何がしたいのだろう?
子供のような表情で自分を見る男は、どこかあどけない印象を少年に与えた。少年は、自分が昔、親にしてもらったことを思い出して、そのとおりにしようと手を伸ばす。
男のほてった額を優しくなでて、安心させるように緩やかに微笑んだのだ。



胸の奥が、どきりと跳ねた。



男は人々の苦しみや悲しみを引き出す術は十分に心得ていたが、誰かに微笑んでもらう為にはどうすればいいのか、それに関してはよく分からなかった。物を与えることならばいくらでもできる、けれども今まで、そんなことであんな優しい微笑を貰ったことなどついぞない。
熱が下がってからも、少年はいつものように、淡々と男の身の周りの世話をこなす。
もう一度笑って欲しいと、男は言葉を捜して、けれどもなんと言えば笑ってもらえるのかは全く分からず。
ふと目が合ったとき、必要以上に慌てた男は、初めて少年にお礼の言葉を告げた。
いつもありがとう、と。熱が出たとき手を当ててくれたのが嬉しかったと。それは嘘とごまかしばかりを口にする男が、初めて言葉にできた本音だったかもしれない。少年はそんなことを言う男をぱちくりと大きな目で見つめ、それから、どういたしまして、と照れたように微笑んだ。



男の世界は、その瞬間に塗り替えられた。



人間の全ての愛憎劇を好んでいた男が、ただ一人の少年に夢中になり、気まぐれに人を追い詰めることをやめた。
だが、事態はさらに厄介な方向へと進んでゆく。
男は、人類の欲しがるありとあらゆるものを、少年に捧げようとした。人々の願いに耳を傾けて、多くの人が願うものを、とにかく少年に与えようと思った
最初は、お金を山ほど積んでやった。けれども少年は、こんなにたくさんもらってもどう使えばいいのかわからないと、困ったように言う。それならば宝石はどうだ、と綺麗な石を集めてみせたが、少年は綺麗ですねというだけで、手を伸ばそうともしない。それならば美しい絵は?服は?美味しい料理は?
男は考えつく素敵なもの、綺麗なもの、高価なものを次々に少年に与えた。
男は生まれてから今まで、ずっと人を陥れて人を困らせて、人を苦しめて生きてきた。たまに気まぐれで手助けをすることがあっても、助けたその手で高いところから突き落とすような真似だって平気でやった。だから、誰かに笑って欲しいなんて思うことは本当に初めてで、誰かに微笑んでもらう為にはどうすればいいのか、それに関してはよく分からなかった。物を与えることならばいくらでもできる、けれども今まで、そんなことであんな優しい微笑を貰ったことなどついぞない。
それでも男にはそれ以外に何も考えつかなかった。
なぜなら「作る」能力以外に、男が何か特別にできることなどなにもない。
「作る」ことかできない男は、作ったものを利用することしかできず、そうなればやっぱり、モノを贈ることくらいしか思いつかない。
もっと珍しいものはないか。男は少年が戸惑うたびに必死に他を探し求めた。
もっと人々が欲しがるものはないか。
もっと高価なものは、もっと美しいものは。
ありとあらゆる富を少年に与えて、思いつく限り最高級の品を少年にまとわせて、もう一度あの時のように優しく笑ってくれないだろうかと必死になる男は、外から見ればとても滑稽だっただろう。
男は、国を一つ少年に差し出そうとも言った。
少年が望むなら、世界を全て掌握することもしようと言った。
けれどもそんな男の申し出に、少年はただただ困ったように微笑んで、そんなもったいないことをしないでくださいと、やんわりと否定を返すだけなのだった。
やがて男は行き詰まる。



もう、少年に与えていないモノはなくなってしまった。




男は必死になって世間の声を聞いた。
何かないか、何か、少年が喜ぶとっておきのものが。
普通の人間は何をほしがるのだろう。何を与えれば、少年はあの時のように柔らかく笑うだろう。もう、困ったような笑顔は見飽きてしまった。そうじゃない、男が少年に望んでいる顔は、それではないのだ。
やがて、そんな男の耳に届いた声は、予想外のものだった。
作品名:いつかの寓話 作家名:夏野