ありえねぇ!! 1話目
ありえねぇ!! 1
不幸は連鎖して起こる。
ここ数日梃子摺っていた回収客に、またもや逃げられてしまった直後、なんの因果か南池袋公園でノミ蟲野郎と遭遇した。
となれば当然、第何十回目か知らねえ池袋大戦争が勃発し、臨也めがけて力任せにポストや標識や自販機を、空高くぶっ飛ばした今日、また一つ幽から貰ったバーテン服がお釈迦になった。
「ムカつくムカつく殺す殺すメラっと殺す、ノミ蟲野郎死ね死ね死ね!!」
時刻を見ようと、先週買いなおしたばかりの青い携帯をズボンのポケットから取り出せば、本体ごとヒビ割れて、いつの間にかご臨終を迎えてる。
とっくに逃げた上司なトムとも連絡が取れない上、財布も落としたらしくて無い。
豪快に腹が鳴っても文無しで、イライラがますます募ってくる。
「今一体何時だぁ!? 殺す殺すぶっ殺す臨也死ね消えて無くなれ!!」
タバコのフィルターをがしがし噛み、切り刻まれたバーテンベストに指をかけつつ事務所の休憩所に足を運ぶ。
服がまだ一セット、ロッカーの中にあった筈だ。
それと買い置きのカップ麺も。
「遅くなりましたぁー!!」
ドアを開けば、最初に目に飛び込むのは、壁に掛けられた大きく簡素な丸時計だ。
針は残念な事に14時を回っていて、昼飯を五分でかき込んだら、直ぐに午後の回収に出なければならないだろう。
先に戻っていたトムが、薄汚れた黒皮ソファにて、伸びて不味そうなカップラーメンを啜りつつ、よぉと片手を挙げた。
「静雄、お前も心配だよな?。連絡取ったか?」
「はぁ、誰とです?」
「おいおいお前、知らねえのか? 今すっごい騒ぎになってるべ」
割り箸を持つ手でちょいちょいとTVを指され、見ればどこぞのワイドショー番組が、現在リアルタイムで幽が住んでいるマンションを映している。
また例のごとく、『羽島幽平、熱愛発覚』とかのガセ報道かと思いきや。
≪今日12時33分、居眠り運転のダンプカーがこのマンションのエントランスに突っ込み、丁度エレベーターに乗っていた羽島幽平さんと愛猫の独尊丸ちゃん、他数名が現在も閉じ込められております。
幸い羽島さんは無事のようですが、怪我人が数名いる模様で、今は瓦礫を撤去しつつ早期の救出を期待する状態です≫
「……おいおいおいおい……」
慌ててポケットをまさぐり、青い携帯を掴み出したが、開いてみても、画面はやっぱりブラックアウトのまま。
役立たずを握りつぶしてぎゅうぎゅうに丸め、ゴミ箱めがけて放り投げれば、その上の壁に綺麗にめり込んだ。
いつもならワンバウンドして落ちる筈だったのに。
これで来月の給料から、壁の修繕費までさっぴかれるだろう。
ついてねぇ。
「あー、静雄。俺のでよかったら使うか? 弟に連絡取りたいだろ?」
ぽんっとトムの、真っ黒な携帯が空に弧を描いて飛んできた。
「……うすっ……」
優しくキャッチしたつもりだが、早速ミシリと嫌な音を立てやがる。
「……壊すなよ静雄。落ち着いてデリケートに扱ってくれ……」
「……うすっ……」
優しく優しくと念じながら、幽に連絡を取ろうと試みるが、向こうが電池切れらしい。
機械音声の無情な≪……電源ガ入ッテイナイ為カカリマセン……≫を聞き終えた直後に携帯を切れば、丁度TVの画面は、短いローカルニュース番組が始まっていた。
「何勝手にLIVE映像変ってんだよ、幽出せっつってんだろ、ゴラァ!!」
「静雄、静雄、TV相手に凄んでも無駄だから。とにかく落ち着け」
≪今日12時半頃、南池袋公園前交差点にて、名物『空飛ぶ自動販売機』を間近で見ようと駆け出した少年が、ダンプカーに轢かれ、意識不明の重体です≫
途端、咥えていたタバコを落とした事にも気づかず、俺はTVをガン見した。
ありえねぇ。どんな馬鹿だよ、こう次々と!!
七三分け頭に紺色スーツのアナウンサーが、ニュース原稿を無表情で読み上げている中、画面下のテロップが無情にも白い文字を刻んでいく。
豊島区私立来良学園一年 竜ヶ峰帝人(16)
そいつは俺の事を怖がらないでいてくれる、稀有な顔見知りの名前だった。
★☆★☆★
午後の仕事は、己に降りかかった不幸の憂さ晴らしを兼ねてやった。
回収相手を、かつて無い程気合を入れ脅しまくった結果、あっけない程簡単に、今日のノルマは終了だ。
事務所の休憩室に駆け戻っても、時刻はまだ17時で、TVをつければ幽のマンションもLIVEで放映されている。
フレームの中の別世界はタイムリーにも、狭いエレベーターが開いた直後だった。
血まみれの怪我人が、次々救急隊員の手により、担架で運ばれていく最中。
最後になって黒のセーターとジーンズ姿で愛猫を抱えている弟が、いつもの無表情を貫き、やっと画面に登場だ。
昼間のワイドショーで聞いてた通り、怪我は一切していない様子に、TVに齧り付いていた自分の体から、急に力が抜けてくる。
「静雄、大丈夫そうで良かったな」
肩をぽんとトムに叩かれ、振り返れば自分専用のマグカップが差し出される。
苛々を宥める為か、好物の牛乳がたっぷり注ぎ込まれたカフェオレだ。
「ありがとうっす」
こんな風に、さりげなく自分を気配ってくれる人間は稀有だと思う。
温めの牛乳コーヒーを一口啜りながら画面に目を戻せば、救急車のサイレンが響きだす中、リポーター達は一斉に幽めがけて突進していき、まるで飴に群がる蟻のようだ。
『今のお気持ちをどうぞ』
『独尊丸ちゃんに、怪我はありませんか?』
『全国のファンに、何か一言!!』
数十本のマイクに囲まれ、カメラのフラッシュがバシバシたかれる中、弟は見る見る不機嫌になる。
尤も、幽の微妙な変化など、自分や両親しか判らないだろうが。
(全く、ありえねぇよ)
潰された人間より、ピンピンしている俳優とその飼い猫の方が、扱いがでかいのはどういう事だ?
どう考えたって異常だ。
いかれてやがる。
世の中ホント狂ってやがる。
まあ、弟の無事さえ確認できれば、TVはもう用済みだ。
胸糞悪い画面をさっさと消し、カップの中身を一気飲みして立ち上がった。
「トムさん、俺、今日はもう上がって構いませんか?」
「あいよ。やっぱ弟の所に行くか?」
「それもありますが、その前にちょっくら来良総合医科大学病院に行ってきます」
上司はちょっと小首を傾げた。
「昼間、ダンプに轢かれた高校生がいったっしょ? 空飛ぶ自販機見て、飛び出しちまった奴」
「あーあれね。来良の一年坊主か。何、お前面識あったの?」
「はあ、まぁ。会えば挨拶と世間話する程度ですが、結構気に入ってたんです。なんせ俺を怖がってないっつーのが、希少価値で嬉しいじゃないですか。それが意識不明の重体なんて。幽の奴はピンピンしてたし、ここはやっぱ竜ヶ峰優先でしょう?」
「ふーん」
トムはコーヒーを一口飲むと、ドレッドヘアをゆうるり掻き毟った。
「静雄、一応警告しとくわ。お前さ、くれぐれも坊主の親とかに会ってさ、イラッときても絶対手を上げるなよ」
「は? 話の流れが行き成り過ぎて判らないんすけど?」
不幸は連鎖して起こる。
ここ数日梃子摺っていた回収客に、またもや逃げられてしまった直後、なんの因果か南池袋公園でノミ蟲野郎と遭遇した。
となれば当然、第何十回目か知らねえ池袋大戦争が勃発し、臨也めがけて力任せにポストや標識や自販機を、空高くぶっ飛ばした今日、また一つ幽から貰ったバーテン服がお釈迦になった。
「ムカつくムカつく殺す殺すメラっと殺す、ノミ蟲野郎死ね死ね死ね!!」
時刻を見ようと、先週買いなおしたばかりの青い携帯をズボンのポケットから取り出せば、本体ごとヒビ割れて、いつの間にかご臨終を迎えてる。
とっくに逃げた上司なトムとも連絡が取れない上、財布も落としたらしくて無い。
豪快に腹が鳴っても文無しで、イライラがますます募ってくる。
「今一体何時だぁ!? 殺す殺すぶっ殺す臨也死ね消えて無くなれ!!」
タバコのフィルターをがしがし噛み、切り刻まれたバーテンベストに指をかけつつ事務所の休憩所に足を運ぶ。
服がまだ一セット、ロッカーの中にあった筈だ。
それと買い置きのカップ麺も。
「遅くなりましたぁー!!」
ドアを開けば、最初に目に飛び込むのは、壁に掛けられた大きく簡素な丸時計だ。
針は残念な事に14時を回っていて、昼飯を五分でかき込んだら、直ぐに午後の回収に出なければならないだろう。
先に戻っていたトムが、薄汚れた黒皮ソファにて、伸びて不味そうなカップラーメンを啜りつつ、よぉと片手を挙げた。
「静雄、お前も心配だよな?。連絡取ったか?」
「はぁ、誰とです?」
「おいおいお前、知らねえのか? 今すっごい騒ぎになってるべ」
割り箸を持つ手でちょいちょいとTVを指され、見ればどこぞのワイドショー番組が、現在リアルタイムで幽が住んでいるマンションを映している。
また例のごとく、『羽島幽平、熱愛発覚』とかのガセ報道かと思いきや。
≪今日12時33分、居眠り運転のダンプカーがこのマンションのエントランスに突っ込み、丁度エレベーターに乗っていた羽島幽平さんと愛猫の独尊丸ちゃん、他数名が現在も閉じ込められております。
幸い羽島さんは無事のようですが、怪我人が数名いる模様で、今は瓦礫を撤去しつつ早期の救出を期待する状態です≫
「……おいおいおいおい……」
慌ててポケットをまさぐり、青い携帯を掴み出したが、開いてみても、画面はやっぱりブラックアウトのまま。
役立たずを握りつぶしてぎゅうぎゅうに丸め、ゴミ箱めがけて放り投げれば、その上の壁に綺麗にめり込んだ。
いつもならワンバウンドして落ちる筈だったのに。
これで来月の給料から、壁の修繕費までさっぴかれるだろう。
ついてねぇ。
「あー、静雄。俺のでよかったら使うか? 弟に連絡取りたいだろ?」
ぽんっとトムの、真っ黒な携帯が空に弧を描いて飛んできた。
「……うすっ……」
優しくキャッチしたつもりだが、早速ミシリと嫌な音を立てやがる。
「……壊すなよ静雄。落ち着いてデリケートに扱ってくれ……」
「……うすっ……」
優しく優しくと念じながら、幽に連絡を取ろうと試みるが、向こうが電池切れらしい。
機械音声の無情な≪……電源ガ入ッテイナイ為カカリマセン……≫を聞き終えた直後に携帯を切れば、丁度TVの画面は、短いローカルニュース番組が始まっていた。
「何勝手にLIVE映像変ってんだよ、幽出せっつってんだろ、ゴラァ!!」
「静雄、静雄、TV相手に凄んでも無駄だから。とにかく落ち着け」
≪今日12時半頃、南池袋公園前交差点にて、名物『空飛ぶ自動販売機』を間近で見ようと駆け出した少年が、ダンプカーに轢かれ、意識不明の重体です≫
途端、咥えていたタバコを落とした事にも気づかず、俺はTVをガン見した。
ありえねぇ。どんな馬鹿だよ、こう次々と!!
七三分け頭に紺色スーツのアナウンサーが、ニュース原稿を無表情で読み上げている中、画面下のテロップが無情にも白い文字を刻んでいく。
豊島区私立来良学園一年 竜ヶ峰帝人(16)
そいつは俺の事を怖がらないでいてくれる、稀有な顔見知りの名前だった。
★☆★☆★
午後の仕事は、己に降りかかった不幸の憂さ晴らしを兼ねてやった。
回収相手を、かつて無い程気合を入れ脅しまくった結果、あっけない程簡単に、今日のノルマは終了だ。
事務所の休憩室に駆け戻っても、時刻はまだ17時で、TVをつければ幽のマンションもLIVEで放映されている。
フレームの中の別世界はタイムリーにも、狭いエレベーターが開いた直後だった。
血まみれの怪我人が、次々救急隊員の手により、担架で運ばれていく最中。
最後になって黒のセーターとジーンズ姿で愛猫を抱えている弟が、いつもの無表情を貫き、やっと画面に登場だ。
昼間のワイドショーで聞いてた通り、怪我は一切していない様子に、TVに齧り付いていた自分の体から、急に力が抜けてくる。
「静雄、大丈夫そうで良かったな」
肩をぽんとトムに叩かれ、振り返れば自分専用のマグカップが差し出される。
苛々を宥める為か、好物の牛乳がたっぷり注ぎ込まれたカフェオレだ。
「ありがとうっす」
こんな風に、さりげなく自分を気配ってくれる人間は稀有だと思う。
温めの牛乳コーヒーを一口啜りながら画面に目を戻せば、救急車のサイレンが響きだす中、リポーター達は一斉に幽めがけて突進していき、まるで飴に群がる蟻のようだ。
『今のお気持ちをどうぞ』
『独尊丸ちゃんに、怪我はありませんか?』
『全国のファンに、何か一言!!』
数十本のマイクに囲まれ、カメラのフラッシュがバシバシたかれる中、弟は見る見る不機嫌になる。
尤も、幽の微妙な変化など、自分や両親しか判らないだろうが。
(全く、ありえねぇよ)
潰された人間より、ピンピンしている俳優とその飼い猫の方が、扱いがでかいのはどういう事だ?
どう考えたって異常だ。
いかれてやがる。
世の中ホント狂ってやがる。
まあ、弟の無事さえ確認できれば、TVはもう用済みだ。
胸糞悪い画面をさっさと消し、カップの中身を一気飲みして立ち上がった。
「トムさん、俺、今日はもう上がって構いませんか?」
「あいよ。やっぱ弟の所に行くか?」
「それもありますが、その前にちょっくら来良総合医科大学病院に行ってきます」
上司はちょっと小首を傾げた。
「昼間、ダンプに轢かれた高校生がいったっしょ? 空飛ぶ自販機見て、飛び出しちまった奴」
「あーあれね。来良の一年坊主か。何、お前面識あったの?」
「はあ、まぁ。会えば挨拶と世間話する程度ですが、結構気に入ってたんです。なんせ俺を怖がってないっつーのが、希少価値で嬉しいじゃないですか。それが意識不明の重体なんて。幽の奴はピンピンしてたし、ここはやっぱ竜ヶ峰優先でしょう?」
「ふーん」
トムはコーヒーを一口飲むと、ドレッドヘアをゆうるり掻き毟った。
「静雄、一応警告しとくわ。お前さ、くれぐれも坊主の親とかに会ってさ、イラッときても絶対手を上げるなよ」
「は? 話の流れが行き成り過ぎて判らないんすけど?」
作品名:ありえねぇ!! 1話目 作家名:みかる