からくりは自立思考の夢をみるか
「私には……私の中には…感情があります」
「たま…」
「まだ未熟で、特に表立って出ることはないようですが、私の中には確かに感情があるのです」
「……それで、どうする気だ」
微かに悲壮感を感じさせる表情から、たまの覚悟の程に気付いたのであろう。銀時が、今後の動向を確認する。
たまは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに決意を秘めた瞳を閉じて告げた。
「奉行所に…出頭します」
「一応聞いておくが、理由は?」
「お登勢様にご迷惑をおかけしたくないからです。かぶき町を支える四天王が、奉行所の追及の手を免れようと嘘を吐くべきではありません」
「からくりに、倫理はないんじゃなかったっけ?」
「これは倫理の問題ではなく、人心掌握に関するデータからの客観的事実です。四天王としてのお登勢様に対する支持は、一般町民によるところのものが大きいということが街頭アンケートによって導き出されましたが、それも偏にお登勢様のお人柄が…」
「あーあーもういい!揚げ足取ろうとした俺が悪かった!」
たまの解説を遮って、銀時が叫ぶ。ちょっとしたからかいが通じない辺りは、やはりからくりらしいと思う。
だが、それ故にもっと本当のことを話して欲しかった。人間と同じように悩み、苦しみ、涙する少女が、林博士の遺した愛娘の魂が、幕府の手によって粉々に砕かれるのは想像もしたくないのだ。
「ババアがそんなことで迷惑と感じるタマかよ。今の言葉聞いたら、逆に怒るに決まってらァ。ついでに、俺たち万事屋が八つ当たりされて、どっちかっつーとそっちの方が迷惑だ」
「ですが……」
「だから、本当のことを言えよ。お前が苦しんでる本当の理由を」
「本当のこと?」
たまは首を傾げた。お登勢や銀時、今の主人たちに迷惑をかけたくないということは、心の底から思っていることだ。他に何の理由があるというのか。
「よく考えてみろ。心の奥底に眠っているお前の感情を、よく探ってみろ」
「心の…奥底……」
たまは、もう一度そっと目を閉じる。心、感情、想い。からくりであるたまには、全く縁のない言葉の筈だった。それなのに、今こうして瞳を閉じれば、まるですぐ側にあるかのように思えてくる。
それは、胸の中。ずっと痛みや違和感を感じていた、胸の中だった。無機物で出来た身体の奥から、熱が生まれる。積まれたマイクロチップがオーバーヒートするのとは、全く違う感覚。
「…私は、怖い……感情を持った自分が…怖いと思うその心が、怖い…」
「………」
「からくりにあるまじき感情が…いつか問題を起こすのが怖い…」
「その問題ってのは、一体何だ?」
「先程言ったように、多くの問題が予測されます。その中で最も警戒しなければならないのが、仕えるべき人への反抗です。……私には、もうその兆候があります」
主人の命令に対する疑問・戸惑い・不信感。通常のからくりでは決して持ち得ないそれらの思いが、たまの中で確実に芽生えていた。
たまはそれに恐怖する。それが主人への反抗に繋がることを、恐れている。
「いつか私は、お登勢様や銀時様の命令に背き、自分の思う通りに行動しようとするかもしれません。…確かに、そんなからくりを目指して研究する人もいるのでしょう。林博士のように。しかし、それはもうからくりではありません」
反抗だけならまだいい。問題は更にその先、自分勝手に行動して、本来仕えるべき人に危害を加えてしまうこと。これが、からくり最大の禁忌。
たまは、そうなる前にケリをつけようとしていた。自分でも無意識に、からくりとしての矜持を守ろうとしていた。
「銀時様。そのようなからくりは、きっと人を傷付けるでしょう」
からくりとは、人の役に立つべきモノだ。例えば、人を傷付けることが目的の兵器であっても、その兵器を持つ人の役に立つ限り、それは立派なからくりなのだ。
しかし、からくり自身が意思を持って人を傷付けるようなことがあれば、それはもうからくりではない。
「…私は、最後までからくりでありたい。こう願うこと自体がからくりらしくない、感情によるものであったとしても、私は最後まで……」
「なーんだ。だったら、出頭しなくたっていいよ」
「そうネ。たまは絶対そんなことしないアル」
「全く、そんなことで悩んでたのかい。アンタらしいっちゃアンタらしいけどね」
「マッタク、人騒ガセナヤツデスヨ。悔シイケドナ、オ前ガイナクナルト店ノ売リ上ゲガ激減スルンダヨ!少シハコッチノ迷惑考エヤガレ!」
突然後ろからかかった声に、たまは弾かれたように振り向く。
「新八様、神楽様、お登勢様、キャサリンさん…」
「オイ、何デ私ダケ“様付ケ”ジャネーンダヨ!オ前、チョット顔ガ良イカラッテ調子ニ乗ルナヨ!」
「そりゃ、お前のこと主人だと思ってねーんだろ。…つーかお前ら、揃って何来てんだよ」
「何ダト?イイ年シテ、非生物ト哀シイデートシテルヤツガ偉ソウニ!」
「銀ちゃんがたまとデートしてる聞いて、公園からすっ飛んできたアル」
「銀さん、いくらモテないからってからくりとデートなんて…寂しくないんですか?しかも今回で2回目らしいじゃないスか」
「おまっ…チゲーよ!俺は婆さんに頼まれて……」
いつものように始まった万事屋+αの漫才に、たまは口を挟む隙がなく黙っていた。
お登勢がそっと近寄り、その細い肩にポンと手を置く。
「お登勢様…私は」
「アンタなら大丈夫さ。感情を持ってまず考えたことがそれなら、万が一にも間違いを起こすことなんてないよ」
「そうでしょうか…」
「もっと自信を持ちな!…大丈夫、アンタは私自慢の娘さね」
「娘…」
「そう、大事な娘さ。私には子供はできなかったけど、娘がいたらこんな気持ちなんだろうなって、最近思うんだよ。だから、もっと感情的になってくれてもいいぐらいだよ。たまなら反抗期も大歓迎さ」
お登勢の優しい腕が、目を見開いて立っているたまを包んだ。
何も心配しなくていい。からくりも人も関係ない。そこに在るだけで、それで事足りる存在なのだから。そう語りかけてくるようだった。
暖かい喧騒の中、“母”の頼れる腕に抱かれて、たまは幸せそうに目を閉じた。
作品名:からくりは自立思考の夢をみるか 作家名:竹中和登