からくりは自立思考の夢をみるか
「…からくりに感情を持たせようとした多くの研究者の中に、林博士という方がいらっしゃいます」
「…ああ」
「その方はからくりでこの江戸を支配せんと企み、数多のからくり兵器を率いてターミナルを占拠したとか」
「………」
「その方にはとある目的があり、それは自分の娘を生き返らせるために……」
「たま」
静かな、しかし低く硬い銀時の声が遮った。もういい、と小さな声が続く。
じっと銀時を見つめていたたまは、銀時の哀しげな視線に耐え切れなくなったかのように目を逸らした。
「…先日、偶然見てしまったのです。早朝、お登勢様の所へ奉行所の方々がいらしているのを」
1日の充電を終え、ゴミ出しをしようと店へ一歩踏み出した時だった。寝巻きに薄い着物を羽織っただけのお登勢が、店の前に立っていた。
老いた身体に障ると考え声をかけようとしたが、その時になってようやく気付いた。お登勢が誰かと話し込んでいるのを。更に一歩近付いて分かったが、本当は話し込むというより、小声での口論に近いものだった。
「いい加減にしとくれ。うちのたまは、テロなんて起こしゃしないよ!」
「今の所有者の皆さんはそう言われるんですがね、林博士の作ったからくり家政婦はみんな処分するって決まったんですよ」
「何だって?…犯罪者の作ったからくりは、使えるヤツも有無を言わさず一律処分って訳かい」
「まあ、それもありますがね。実は、芙蓉零号の頭部と中枢、林博士の目的だった芙蓉プロジェクトの種子が見つからんのですよ。奉行所としては、テロの原因となったデータの確認と、必要であれば処分を行わねばならんのです」
「必要であれば、ねぇ。もし幕府に有益だと判断されたら、博士の遺した娘の魂をも利用する魂胆かい。博士の全てを犯罪者として断じておきながら、利用できる研究は使い込む……今の腰抜け幕府のやりそうなことさね!」
「滅多なこと言うもんじゃねーぜ、お登勢さん!かぶき町四天王の1人ともあろう方が!」
「とにかく、うちのたまは林博士と何も関係ないよ!うちの二階に住むヤツが勝手に拾ってきたんだから!分かったら、とっとと帰っとくれ!!」
たまは動くことができなかった。どこかボディーパーツが故障したのか、胸の奥が酷く痛い。
スナックお登勢にやって来るまでのことは、データに全く残っていなかった。それでも、今の会話に上っていた「林博士」と「芙蓉プロジェクト」という事柄について、何かデータに加えておかなければならない衝動に駆られた。
(源外様の元へ行かなくては)
どこか破損したらしい、ボディーパーツを見てもらわねばならない。そして、「林博士」と「芙蓉プロジェクト」について聞こう。からくり技師の源外なら、必ず何かを知っている筈だ。
躊躇う源外から全てを聞き出し、たまは妙な違和感を胸の奥に感じた。結局、ボディーパーツには異変など起きていなかったのに、その違和感は消えることなくたまに纏わり付いていた。
そしてその違和感は、今日この時に確信へと変わった。
作品名:からくりは自立思考の夢をみるか 作家名:竹中和登