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たかむらかずとし
たかむらかずとし
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The Catcher in the Library

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「これ池袋図書館ですね」
「え、」
 電話を置いたカウンターの男が申し訳なさそうに言った。
「時々あるんですよ、システムにタイムラグが出ちゃうの。検索システムだとうちの所蔵になってるんですが、昨日池袋図書館に返却されたみたいです。まだ向こうですね」
 えー…と声には出さないが。
 帝人は肩を落とした。
 放課後、ふと思い立って中央図書館に来てみたものの、目当ての本は棚にない。蔵書検索では確かに在館していることになっているのにと不思議に思って尋ねてみれば、別館に行ってしまっているという。
 一旦読めると期待してしまった分、落胆は強い。
「一応もうお借りいただける状態ではあるみたいです。どうします、予約していただければこちらにお取り寄せできますけど」
「…いや、いいです。池袋図書館ですよね? 行ってみます」
 あ、じゃあ取り置きかけときますね、とカウンターの男が電話を取る。帝人はぺこんと会釈をして、中央図書館を後にした。



 パルコの脇を通ってウィロード、そのまま西一番街の脇へ。
 東口とは随分雰囲気が違うよな、と帝人はロマンス通りを覗き込みながら考える。ウィロードを抜けてここまで歩いてくる間にも、手相見や占い師を山ほど見かけた。中国語の看板も多いし、並ぶ店は飲み屋かちょっとピンクな店ばかり。
 若者の街といった雰囲気の強いサンシャイン近辺とはまるで別の街のようだった。
(マルイくらいしか行ったことなかったけど、この辺も面白いかも…)
 そういえば寄席があるのも西一番街だった、と帝人は一人頷く。東口とはまた違った雰囲気の、これもまた「非日常」の街だった。
 ラーメン屋やカレー屋の前を通り、劇場通りを渡ってそのままトキワ通りを直進する。パセラとパチンコ屋の間に入ると、また少しずつ雰囲気が変わってくる。呉服店があったかと思うと、ラブホテルが建っている。古くからありそうな日本茶の店があったかと思うと、なんだかよく分からないがらくたの積み上がった古物店が見える。
(不思議なところだなあ)
 日本語学校、カラオケパブ、沖縄料理屋、普通の民家。病院があって、幼稚園があって、公園が見えるともう図書館はすぐそこだ。
 横道へ入ると駅から10分程度とは思えないほど穏やかな住宅街が広がっている。
 池袋は都会の田舎、と言ったのは正臣だっただろうか。
 図書館の入り口から見える神社と裏通りに、なるほどそうだと納得した。




「あ」
 すいませーん、と図書館員がかける声も耳に入らない。帝人は目をぱちくりさせて目の前の信じ難い光景を見つめた。 
(平和島静雄…さん)
 バーテン服の喧嘩人形がベンチに腰掛けて爆睡していた。
 思わず抱えていた本を取り落としそうになった帝人は、音を立てて起こしちゃまずいと慌てて抱え直した。そんな帝人の目の前で、平和島静雄は膝の上に雑誌を載せたままぴくりともしない。色の濃いサングラスは胸のポケットにしまわれ、あらわになった切れ長の目はふんわりと閉じられている。
 しばし呆然と「図書館で居眠りする平和島静雄」というとんでもない代物を眺めていた帝人だったが、はっと我に返ると辺りを見回した。
(さ、騒ぎにでもなったら───!)
 町中での阿鼻叫喚のあれこれを思いだして焦ったものの、周囲はそんな喧噪とは全く無縁であった。静かな夕方の図書館である。
(なんでだろ)
 いっそ拍子抜けして見渡すと、誰一人、この人を気にしていない──怖がってびくびくしていない──様子である。その内にああそうか、と帝人はひとりごちた。
 ここには主婦と老人しかいない。
 駅前や60階通りでの騒動とはそれなりにかけ離れた人種が、のんびり時間をつぶしているばかりである。
 池袋には珍しい、平和島静雄に「無関心」な場所なのだろう。
 納得した帝人は、自分が眠る平和島の前にたっぷり5分は突っ立っていたのに気付いて、またちょっと慌てた。しばし迷った末に平和島の隣に腰掛ける。
(寝てる…)
 じっと覗きこむ。
 この人をこんなに間近で観察できる機会なんて、後にも先にもこれっきりだろう。まさに非日常。「図書館で居眠りする平和島静雄」の衝撃から醒めた帝人は、その貴重なチャンスを活用しようと眠る男の横顔をじっと見つめた。脇を通る老人が怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。無視だ無視。
 眠る平和島静雄の睫は長い。上の睫と下の睫がぱったり合わさって、時々ぴくんと動く。当たり前だが色は黒。少し茶色がかっている気もする。眉も茶色いので地毛が茶色なのかもしれない。眉。眉は手入れされている風にも見えないのに、奇麗にすっと伸びている。つり上がっていない眉は意外に優しいラインをしている。
 その眉の下にふっくらした瞼があって、睫がある。ちょっと日に焼けた肌に微かに隈が浮いている。疲れてるんだろうか。疲れてるんだろうな、こんなところで寝ちゃうくらいだし。
 鼻筋はすっと通っていて、鼻梁の脇に眼鏡の痕がついている。この人、サングラスかけてたっけ、そう言えば。でもあのサングラスって鼻当てあるのかな? 帝人は首を傾げる。
 鼻を辿って行くと唇に突き当たる。ぽかんと半開きの薄い唇はちょっとかわいい。
 首にはぐっと筋肉が張っている。いつもぴんと伸びた背中はずるずると壁に預けられ、寝乱れ加減の白いシャツがベストの下からはみ出している。はみ出し過ぎてベストとスラックスの間から白い肌が覗いている。帝人は突っつきたい衝動を必死にこらえた。
 だらっと開いた足の間、腿の上に温泉巡りの雑誌が乗っている。片手をその上において、もう片方の手はベンチの上。帝人がついた手のすぐ横。
(…意外に)
 意外に普通だ。
 帝人はくすりと笑った。
 すうすう寝息を立てて眠る平和島静雄はその名に相応しく、平和で静かな顔をしていた。
 



 飽きもせずどれくらい眺めただろうか。
 この機会に目を瞑ったって思いだせるくらいにこの人の顔を目に焼き付けておこうと──思っていたより三倍は美形だったのもある──非日常の塊のような男を眺め続けていた帝人は、はっとあることに気付いた。
(よ、よだれ!)
 すかぴーと寝息を立てるその唇、半開きのちょっとかわいい口元から、てろんと光るものが覗いている。
 ───よだれ。
「ぶふっ」
 ダメだ笑える。腹筋が崩壊する。
 思わず吹き出した帝人はぐっと腹に力を入れて爆笑を堪えた。
 でも。
 よだれ。
 池袋最強の男、自動喧嘩人形、敵に回してはいけない男No.1、恐怖の帝王平和島静雄の───よだれ垂らす寸前。
「ぶはっ」
 また吹き出してしまった。やばい面白い。
 面白すぎる。
 そんなことを考えて帝人が真っ赤になっている間にも、よだれはてろてろ平和島静雄の唇の間から垂れつつある。
 それが口の脇を通って、とうとう顎へ流れようとしたとき、帝人は唐突に我に返った。
(いや笑ってる場合じゃ)
 笑う以外ないかもしれないけども。
 とにかく帝人は、大好きな非日常の筆頭格で、しかもセルティの友人である平和島静雄に、公衆の面前でみっともなく寝よだれ垂らした姿を晒させるのはまずいと気付いた。
(ティ、ティッシュ…)