あいのうた
電子の世界で生きる彼は願いました
『どうかあのひとにふれられるからだをください』と
現実の世界で生きる彼は願いました
『どうかあの子に触れられる方法をください』と
願いは異なるけれども、理由は二人とも同じでした
そう、それは単純で純粋なたった一つの思い
ただ、互いが互いに触れたい、たったそれだけだったのです
薄く眼を開ければ、眩しい光が視覚を刺激した
緩やかに脳が覚醒していく
(…あの夢は、なんだったんだろう)
夢を見ていた
夢の中で叶うことの無い願いを、夢の中で呟いていた
でも誰かか同じ様な願いを言っていた気がする
顔も姿も、分からない
声をはっきりと聞いたわけじゃない
それでも何故か、同じ願いの人が夢の中にいた、そう思った
なんでかな、そう小さく呟いてむくりと起き上がる
眼の前には電源を入れっぱなしのパソコン、出したままのキーボード
どうやらパソコンをしたまま眠ってしまったらしい
その為か腰や腕、足が鈍く痛んだ
「ったた………あ、れ?」
そこで漸く、気付いた
声が、聞こえないのだ
自分を呼ぶあの声が、いつも聞いているあの声が
電源を入れっぱなしのパソコン、それなら聞こえてくる筈なのだ
大好きなあの声が、愛しいあの声が
「サ、イ…ケ君?」
一瞬の硬直が起こったかと思うと、ガタッと帝人は乱暴にパソコンの液晶を掴んだ
いない、いない
見えない、見えない
いつもいた筈の存在が、消えている
「う、そ…そんな……ど…して?」
データを消したわけでもない
「サイケ」の存在だけが、ない
「嘘、いや…嫌だ…っ…ねぇサイケ君…どこ?」
ぼたり、生温い雫が落ちる
それでも気にすることなく、帝人は呼んだ、叫んだ
「おね、が……い……出てきて、ねぇ…?…い、けく……さ、いけ…くん」
(お願い、どうかまた僕に極彩色の夢を頂戴?)
「っ……サイケ君……!」
「みかどくん」
―声が聞こえた
自分を呼ぶあの声が、いつも聞いているあの声が
電源を入れっぱなしのパソコン、それなら聞こえてくる筈だった
大好きなあの声が、愛しいあの声が
霞がかったようなその声は確かに耳に届き、鼓膜を震わせ、脳に浸透した
慌てて声が聞こえたほうに顔を上げた
そこにはなにも、ない
それでもはっきり聞こえた、幻聴のはずがない
青みがかった双眸が瞬いた、時だった
ブン、と眼の前で空間が歪みをつくった
あり得ない光景に帝人の眼が見開かれる
そしてその歪みから、人間の手が現れたかと思うと、
「みかどくん!」
あの声が今までで一番鮮明に聞こえた、かと思うと
帝人の身体は、自分よりも大きな影に包み込まれていた
影、といってもその全体は白く、ところどころにあるピンク色がよく映えていた
濡れたような漆黒の髪はさらさらと風の中で揺れている
見たことのある、格好だった
否、ここずっと見ない日などなかった
大きさや纏う雰囲気が違っていても、間違える筈など、無かった
「サ、イケ君…?サイケ君、なの?」
「そうだよ!ぼく、みかどくんにあいにきたんだよ!」
サイケだった、それは正真正銘ずっと帝人と一緒にいたサイケだった
変わらない声、変わらない笑顔
みかどくん、と呟いてぎゅうぎゅうと抱きしめてくる
どうして、とか、なんで、とか言いたいことは沢山あったが、それは全て零れ落ちる涙に消える
「――ぼくね、」
「…な、に?」
「むこうのせかいで、かみさまにおねがいしたんだ」
「っ…」
「みかどくんにふれられる、からだをくださいって」
「そしてね、きがついたらへんなところにいたの。どこもまっしろで、どこにいけばいいかわかんなかった」
「でもそんなときに、きこえたんだよ。ぼくをよぶ、みかどくんのこえが」
「…僕の、声?」
「うん、そのこえをたよりにはしったんだ。そしたら、」
ここにきた、そう言ってサイケはまたぎゅうと力を込めて帝人を抱きしめる
帝人は尚混乱したままだったが、もう考えるのは止めようとゆっくり思考を停止した
それと同時にサイケの背中にそっと腕を回す
「ぼく、ずっとずっとみかどくんにふれたかったんだ」
「うん……僕もだよ」
「これからはずっとふれられるね」
「うん、うん……ねぇこれ夢じゃないよね」
「ほっぺひっぱってあげる!」
抱きしめるのを止めたサイケの両手が、帝人の両頬をびーんと引っ張る
「いっ、痛っ…や、め…」
「みかどくんのほっぺやわらかーい」
暫く頬を弄っていたサイケだったが、涙目になった帝人を見て漸く開放する
赤くひりひりする頬を擦りながら、帝人は上目遣いで睨んだ
サイケは気にすることなくまた帝人を掻き抱く
「みかどくん、だいすき!」
「…はい」
「もー、みかどくんもいってよー」
「…僕も、好きですよ」
「これからもずっとずっと、いっしょにいようね!」
「……もちろん、」
ずっとずっと、いっしょですよ
<たくさんのありがとうと、だいすきをこめて>
(きみに、おくる)
<きみとぼくの、 あ い の う た>
(ふれたゆびからこぼれてひかる)