Happy Future Wedding(仮タイトル)
美しい夕焼け空を背景に、ランドセルを背負った少年が駆け寄ってくる。駆け寄ってくるその少年の姿には見覚えがある。
円堂守、風丸の幼馴染だ。
風丸は足を止め、その少年の到着を待つ。
「か、ぜ、ま、るー!」
「そんなに大きな声出さなくたって、ちゃんと待ってるって」
「風丸、一緒に帰ろ」
その言葉に頷くと、円堂は頬を緩ませてぱっと笑顔を見せた。その、お日様のように明るい笑顔が好きだった。円堂の笑みを見ていると自分まで幸せになってくるような気がして、風丸もまた円堂に向かって微笑み返す。
「風丸はきれいだよな」
川沿いの土手を歩いている最中、円堂がそんなことを呟いた。
「きれいって、男に言う言葉じゃないと思うけどな」
今までにも何度か大人に「一郎太くんはきれいね」と言われたことがある。しかし、遠まわしに「男女」と言われているようであまり良い気分はしなかった。
「そうか? でも、風丸の髪はさらさら光っててすっげえきれいだ」
あまり気分の乗らない自分に向かっても、円堂は屈託のない笑顔を見せる。なんだ、髪の話かと納得して円堂の言葉に「ありがとう」と答えると、円堂はまた嬉しそうに言葉を続けた。
「オレ、風丸のことスッゲー好きだ」
「うん」
「大きくなったら絶対風丸と結婚するって決めた!」
「円堂――」
***
「……懐かしい夢だな」
耳元で目覚ましのアラームがなっている。普段であればアラームが鳴り始めるよりも早く目が覚める風丸であるが、今日に限って目覚まし時計のスヌーズは三で、これは立派な寝坊を意味していた。
「昨日、やりすぎたかな……」
昨日のメニューは走り込みがメインだった。元々走ることが好きな上に、元陸上部としてのプライドもある。少し頑張りすぎてしまったのかもしれないとむくみが取れきっていないふくらはぎに触れた。
「風丸ー! 朝飯の時間だってー!」
どんどんと部屋のドアを叩かれ、その後円堂の声が聞こえてきた。中々食堂に下りてこないからと、わざわざ一度上がってきたらしい。
「すまん、寝坊! すぐに行くから先行ってろよ」
「寝坊? めずらしいな! じゃあオレ、先に行って風丸の分も用意しとくよ」
「先食ってていーから!」
早く来いよー! という声と遠ざかる足音を聞きながら、慌てて髪を梳く。ある程度寝癖がなくなるくらいに整えてからゴムで髪を結わえ、床に脱ぎ捨ててあったジャージを身につけた。ドアを出る前にもう一度だけ鏡を見て、髪が変な方向にはねていないかを確認してから階段に向かう。
「風丸」
「あ、鬼道。おはよう」
階段でちょうど鉢合わせた鬼道が会って早々渋い顔をして見せる。
「靴下が左右違ってる」
「あ、本当だ。でもまあ、こまらねーし今日はこのままでいいか」
「女子が見たら泣くぞ……」
豪炎寺じゃあるまいし、と靴下をそのままにして鬼道とともに階段を下りる。
「なんで今日はそう、身支度が適当なんだ」
「ちょっと寝坊したから」
「の、割には髪はきれいに梳いてあるんだな。あまり寝癖のつかない方なのか?」
「いや、逆。梳かさないとぐちゃぐちゃなんだよ。今日もほら、この辺とか」
慌てて梳かしてきたせいで少しうねる前髪を指差してみせると、鬼道は笑いながら「見てみろ」と廊下の先を指差した。
「あ、豪炎寺」
鬼道の指差したところにはいつもの何割り増しかのボリュームで髪を逆立てている豪炎寺と、まるで実験が失敗した後の博士のようなボンバーっぷりの立向居がいた。
「ぐちゃぐちゃとはああいう有様を言うんだ」
「なるほど」
確かにあの状態で出てこようとは到底思えないことから、自分は髪のセットに時間をかけているほうなのだろう。いっそ切ってしまえば楽だとは思うのだが、昔一回短くしようとしてみたところ、円堂が「嫌だ嫌だ長い方がいい」と散々ごねて以来、髪を切ろうという選択肢は頭から消えていた。
「佐久間も髪は長いが結構面倒だと言っていたな。あいつの場合髪が柔らかいから寝癖が付きやすいらしい」
「へえ、でもお前のとこのゴールキーパーの方が髪型キープ大変そうだよな。あのフェイスペイントの」
「あれは地毛らしい」
鬼道と雑談を続けながら食堂に入ると、奥の席で円堂が手を振っているのが見えた。
「先食ってたぞ!」
「構わないさ」
箸立てから自分の分の箸を取ったところで、ふと今朝見た夢のことを思い出した。
――オレ、大きくなったら絶対風丸と結婚する!
「あのさ、円堂」
「なに?」
「俺のこと、まだお嫁さんにしてくれる気あるのか?」
じっと円堂の目を見つめながら尋ねてみると、円堂は飲みかけの牛乳を勢い良く噴出した。円堂の口から吹き出た牛乳は円堂の向かいに座っていた立向居とその朝食の上に容赦なく降りかかっているが、その立向居は立向居で激しく咳き込んでいるためにそれどころではないらしい。ちょうど風丸の向かいに座ろうとしていた鬼道は円堂の牛乳を避けた位置のまま、かちこちに固まってぽかんと口を開けたまま風丸を見ているゴーグルの下からなのであまりはっきりしないが多分見ている)。
タイミングが悪かったのか、少し離れた場所に座っていたはずのイナズマジャパンメンバーにもしっかりと聞こえていたらしい。いつもは騒がしいはずの食堂がしんと静まり返り、円堂の返事を期待しているかのような雰囲気になっている。
「え、あれ、オレなんかそんな変なこと言ったか?」
変なことを言ったという自覚はあるが、ここまでの反応をされるほどだとは思っていなかった。急に恥ずかしさがこみ上げてきて、
「あの、ほら、昔あったじゃないか、そういうの。さっき、その夢見て」
しどろもどろになりながらことの発端を伝えようとする風丸の肩を、円堂が掴んだ。
「風丸」
見つめ返してくる円堂の目は、まるで試合に臨むときのようだった。だが、口の端に牛乳が付いているからいまいち決まらない。
「あれって、お前がオレをお嫁さんにするんじゃなかったっけ?」
「あ、ああ、そうだった、かも」
にこっと笑った円堂を見て、周りからはがっかりしたかのような声が上がった(一体どんな展開を期待していたというのだろう)。このままいつもの食堂の空気が戻ってくると誰もが思った瞬間、円堂が発した言葉は皆の予想の遥か上を行くものだった。
「最近気付いたんだけど、男同士だと結婚できないんだよ」
「え、あ、そうだな……?」
最近? と鬼道が呟いたが、それを確認するのが恐ろしいのは皆同じらしく、直接円堂に尋ねようというものはいない。
「だからな、風丸」
「お、おう……」
「外国行って結婚しよう」
「は?」
リンゴーン、と頭の中で教会の鐘が鳴り響いた気がした。きれいな教会、青い空、純白のドレス。絨毯の上を円堂と手を繋ぎながら歩く自分の姿を想像してしまったところで目が覚めた。
「なんでオレがドレスなんだよ!」
テーブルを叩き、円堂に視線を向ける。円堂はさっきと同じ真剣な表情のまま、じっと風丸を見つめていた。
「えんど……ッ、ゲホッ」
思わず自分までむせ、風丸は慌ててコップの中の水を飲み干す。
円堂守、風丸の幼馴染だ。
風丸は足を止め、その少年の到着を待つ。
「か、ぜ、ま、るー!」
「そんなに大きな声出さなくたって、ちゃんと待ってるって」
「風丸、一緒に帰ろ」
その言葉に頷くと、円堂は頬を緩ませてぱっと笑顔を見せた。その、お日様のように明るい笑顔が好きだった。円堂の笑みを見ていると自分まで幸せになってくるような気がして、風丸もまた円堂に向かって微笑み返す。
「風丸はきれいだよな」
川沿いの土手を歩いている最中、円堂がそんなことを呟いた。
「きれいって、男に言う言葉じゃないと思うけどな」
今までにも何度か大人に「一郎太くんはきれいね」と言われたことがある。しかし、遠まわしに「男女」と言われているようであまり良い気分はしなかった。
「そうか? でも、風丸の髪はさらさら光っててすっげえきれいだ」
あまり気分の乗らない自分に向かっても、円堂は屈託のない笑顔を見せる。なんだ、髪の話かと納得して円堂の言葉に「ありがとう」と答えると、円堂はまた嬉しそうに言葉を続けた。
「オレ、風丸のことスッゲー好きだ」
「うん」
「大きくなったら絶対風丸と結婚するって決めた!」
「円堂――」
***
「……懐かしい夢だな」
耳元で目覚ましのアラームがなっている。普段であればアラームが鳴り始めるよりも早く目が覚める風丸であるが、今日に限って目覚まし時計のスヌーズは三で、これは立派な寝坊を意味していた。
「昨日、やりすぎたかな……」
昨日のメニューは走り込みがメインだった。元々走ることが好きな上に、元陸上部としてのプライドもある。少し頑張りすぎてしまったのかもしれないとむくみが取れきっていないふくらはぎに触れた。
「風丸ー! 朝飯の時間だってー!」
どんどんと部屋のドアを叩かれ、その後円堂の声が聞こえてきた。中々食堂に下りてこないからと、わざわざ一度上がってきたらしい。
「すまん、寝坊! すぐに行くから先行ってろよ」
「寝坊? めずらしいな! じゃあオレ、先に行って風丸の分も用意しとくよ」
「先食ってていーから!」
早く来いよー! という声と遠ざかる足音を聞きながら、慌てて髪を梳く。ある程度寝癖がなくなるくらいに整えてからゴムで髪を結わえ、床に脱ぎ捨ててあったジャージを身につけた。ドアを出る前にもう一度だけ鏡を見て、髪が変な方向にはねていないかを確認してから階段に向かう。
「風丸」
「あ、鬼道。おはよう」
階段でちょうど鉢合わせた鬼道が会って早々渋い顔をして見せる。
「靴下が左右違ってる」
「あ、本当だ。でもまあ、こまらねーし今日はこのままでいいか」
「女子が見たら泣くぞ……」
豪炎寺じゃあるまいし、と靴下をそのままにして鬼道とともに階段を下りる。
「なんで今日はそう、身支度が適当なんだ」
「ちょっと寝坊したから」
「の、割には髪はきれいに梳いてあるんだな。あまり寝癖のつかない方なのか?」
「いや、逆。梳かさないとぐちゃぐちゃなんだよ。今日もほら、この辺とか」
慌てて梳かしてきたせいで少しうねる前髪を指差してみせると、鬼道は笑いながら「見てみろ」と廊下の先を指差した。
「あ、豪炎寺」
鬼道の指差したところにはいつもの何割り増しかのボリュームで髪を逆立てている豪炎寺と、まるで実験が失敗した後の博士のようなボンバーっぷりの立向居がいた。
「ぐちゃぐちゃとはああいう有様を言うんだ」
「なるほど」
確かにあの状態で出てこようとは到底思えないことから、自分は髪のセットに時間をかけているほうなのだろう。いっそ切ってしまえば楽だとは思うのだが、昔一回短くしようとしてみたところ、円堂が「嫌だ嫌だ長い方がいい」と散々ごねて以来、髪を切ろうという選択肢は頭から消えていた。
「佐久間も髪は長いが結構面倒だと言っていたな。あいつの場合髪が柔らかいから寝癖が付きやすいらしい」
「へえ、でもお前のとこのゴールキーパーの方が髪型キープ大変そうだよな。あのフェイスペイントの」
「あれは地毛らしい」
鬼道と雑談を続けながら食堂に入ると、奥の席で円堂が手を振っているのが見えた。
「先食ってたぞ!」
「構わないさ」
箸立てから自分の分の箸を取ったところで、ふと今朝見た夢のことを思い出した。
――オレ、大きくなったら絶対風丸と結婚する!
「あのさ、円堂」
「なに?」
「俺のこと、まだお嫁さんにしてくれる気あるのか?」
じっと円堂の目を見つめながら尋ねてみると、円堂は飲みかけの牛乳を勢い良く噴出した。円堂の口から吹き出た牛乳は円堂の向かいに座っていた立向居とその朝食の上に容赦なく降りかかっているが、その立向居は立向居で激しく咳き込んでいるためにそれどころではないらしい。ちょうど風丸の向かいに座ろうとしていた鬼道は円堂の牛乳を避けた位置のまま、かちこちに固まってぽかんと口を開けたまま風丸を見ているゴーグルの下からなのであまりはっきりしないが多分見ている)。
タイミングが悪かったのか、少し離れた場所に座っていたはずのイナズマジャパンメンバーにもしっかりと聞こえていたらしい。いつもは騒がしいはずの食堂がしんと静まり返り、円堂の返事を期待しているかのような雰囲気になっている。
「え、あれ、オレなんかそんな変なこと言ったか?」
変なことを言ったという自覚はあるが、ここまでの反応をされるほどだとは思っていなかった。急に恥ずかしさがこみ上げてきて、
「あの、ほら、昔あったじゃないか、そういうの。さっき、その夢見て」
しどろもどろになりながらことの発端を伝えようとする風丸の肩を、円堂が掴んだ。
「風丸」
見つめ返してくる円堂の目は、まるで試合に臨むときのようだった。だが、口の端に牛乳が付いているからいまいち決まらない。
「あれって、お前がオレをお嫁さんにするんじゃなかったっけ?」
「あ、ああ、そうだった、かも」
にこっと笑った円堂を見て、周りからはがっかりしたかのような声が上がった(一体どんな展開を期待していたというのだろう)。このままいつもの食堂の空気が戻ってくると誰もが思った瞬間、円堂が発した言葉は皆の予想の遥か上を行くものだった。
「最近気付いたんだけど、男同士だと結婚できないんだよ」
「え、あ、そうだな……?」
最近? と鬼道が呟いたが、それを確認するのが恐ろしいのは皆同じらしく、直接円堂に尋ねようというものはいない。
「だからな、風丸」
「お、おう……」
「外国行って結婚しよう」
「は?」
リンゴーン、と頭の中で教会の鐘が鳴り響いた気がした。きれいな教会、青い空、純白のドレス。絨毯の上を円堂と手を繋ぎながら歩く自分の姿を想像してしまったところで目が覚めた。
「なんでオレがドレスなんだよ!」
テーブルを叩き、円堂に視線を向ける。円堂はさっきと同じ真剣な表情のまま、じっと風丸を見つめていた。
「えんど……ッ、ゲホッ」
思わず自分までむせ、風丸は慌ててコップの中の水を飲み干す。
作品名:Happy Future Wedding(仮タイトル) 作家名:香坂